私は現在四十代の女です。
独身で子供はいません。
私の忘れられない体験の話しをしようと思います。
もう三十年以上前の事ですが、忘れる事のない出来事です。
始まりは小学五年生の時でした。
当時、家は荒れていました。
-----絶え間無い両親の口論に、そのイライラを私にぶつけていた母親
父親には相手にされず、家では心が休まらず、学校だけが居場所でした。
学校も夕方までには下校しなくてはならず、友達と一緒にいるのも時間があります。
家に帰っても誰もいない日がほとんど。
母親がいても、暴力か無視。食事はどこかで食べてこいか、カップラーメン。
当時は今のようにあちこちにコンビニはありません。
その
日、私は近くのスーパーへ何か食べ物を買いに行くため出掛けました。
団地に住んでいたのですが、スーパーは少し離れたところにあったため、自転車で行こうとしたのですが、駐輪場で、同じ階段の階に住む当時の私からみたら、おじいちゃんくらいの年齢の高木さんに会いました。
この高木のおじいちゃん、たかじいが私の忘れる事のできない人になったのです。
おじいちゃんといっても、まだ五十後半でしたから、おじいちゃんは失礼だったかもしれません。
たかじいは数年前に奥様を亡くし、一人暮らし。
明るい、元気な人でした。
自転車でスーパーに行こうとする私に微笑み、
「麻紀子ちゃん、こんな時間にどこ行くね」
と尋ねられました。
私は正直にご飯を買いに行くと答えると、
「しょうがないお母さんだな…かわいそうに…」
と悲しそうな顔をしてくれ、たかじいの家でご飯を食べていくかいと言われ、嬉しくて二つ返事で承諾した私。
たかじいは出来合いの物ではありましたが、ご飯をご馳走してくれ、嬉しかった…
打ち解けた私はたかじいに両親の事を話しました。
「かわいそうに…でも、麻紀子ちゃんのご両親の事だからな、おじさんは口出しできないんよ…だから、淋しくなったら、いつでもここに来なさい」
と、言ってくれて。
その日から、学校から帰ると度々たかじいの家へおじゃまするようになりました。
仕事でいない日もありましたが、ご飯を頂いたり、話しを聞いてもらったりと、楽しかったのを覚えています。
そんなある日、両親はついに離婚をする事になり、母親が出て行きました。
暴力はなくなりましたが、父親は仕事でほとんどいなく、相変わらず相手にはされません。
ただ、食事の支度はしなくてもよかったのですが、洗濯だけはするように言われ、たかじいに手伝ってもらいながら、暮らしていました。
そのうち、私は自宅よりたかじいの家にいることが多くなり、父親も黙認しました。
「やれやれ…ひどいご両親だな…麻紀子ちゃんには悪いけどな…ご両親は親失格だよ…」
私はたかじいの方がよほど優しく、父親というか、おじいちゃんみたいだと感じていました。
今までは、夜は自宅に帰って寝ていましたが、その日始めてたかじいの家にお泊りしたのです。
当然寝床は別でしたが、父親と一緒に寝た記憶がなかった私はお願いしてたかじいと同じ布団に寝かせてもらいました。
私は恥ずかしかったのですが、たかじいに抱き着いて眠りました。
たかじいはびっくりしていましたが、私を優しく抱きしめてくれました。
「娘ができたみたいだなぁ」
「うちはたかじいの娘だよ」
この時の会話はあまり覚えていませんが、話しているうちに、いつの間にか寝てしまいました。
私は自宅には洗濯しに帰るだけ。
そのうちに、たかじいが自宅のようになっていきました。
また夏のある日…仕事が休みだったたかじい。
学校帰りに夕立に遭い、ずぶ濡れでたかじいの家に転がり込んだ私を本当に心配して、優しくしてくれたたかじい。
「こんなに濡れて、大変ださ、シャワー浴びて来なさい」
私はたかじいの両親にはない優しさに
「たかじいと一緒に入りたい」
と、とんでもないお願いをしてしまいました。
さすがにたかじいはそれはダメだといい、早くシャワーを浴びてきなさいと促しました。
しかし、私は、今まで父さんと一緒にお風呂に入った事がないと言うと、それが効いたのか、躊躇いがちに承諾してくれ、一緒に入る事に。
団地の風呂場ですから、決して広くはありません。
狭い風呂場で私達はシャワーを浴びました。
いつになく無口なたかじいは、黙って私の身体を洗ってくれ、私もお返しにたかじいの身体を洗ってあげました。
今思えばたかじいは、なるべく私の裸をみないようにしていたのがわかりました。
この頃の私には、男女の事はわかりませんでしたから、無邪気に、たかじいとシャワーを浴びたのが嬉しかっただけでしたが、たかじいは興奮していたのでしょう、ペニスが上を向いていたのを覚えています。
翌日は、たかじいとお風呂に入りました。
狭い舟に抱っこされるように二人でにつかりました。
硬くなったペニスが股の間にあたり、私は特に気にはしませんでしたが、たかじいには堪らなかったのか、息が荒くなっていました。
やがて六年生になった私は学校での保健体育の授業や友人との会話から、たかじいの下半身が何故硬く上に向くのか、その意味を知りました
ほぼ毎日、それこそ、父親よりも顔を合わせているたかじい。
優しくて物知りな父親よりも年上のたかじいを私は好きになっていました。
六年生になった夏のある日、たかじいの部屋を掃除していた時、ごみ箱に自慰を処理したちり紙を見つけました。
この時私はたかじいに申し訳なく思ったのです。
一緒に寝て、一緒にお風呂に入る…私にムラムラしながらも、親子以上歳の離れた私に手を出さず、自分で慰めていたたかじい。
私はたかじいに全て捧げようと決心しました。
その日、私は五年生の終わりくらいからつけはじめたブラジャーをつけず、たかじいの帰りを待ちました。
風呂に一緒に入っているので今更だったかもしれませんが…
御飯をつくり、お風呂を沸かしてドキドキでたかじいを待ちました。
「ただいま」
ほぼ定刻にたかじいは帰宅してきました。
食事もお風呂も整えていた私にたかじいは嬉しそうに
「麻紀子ちゃんはいい奥さんになるなぁ」
と私の頭を撫でてくれました。
たかじいの視線が私のノーブラのブラウスに向きましたが、すっと視線を反らしました。
楽しく食事をしたあとは、お風呂
この頃は、いつの間にかたかじいが先に入って、私が後からすぐに入るというパターンになっていました。
いつものように一緒に舟につかり、他愛のない話しをし、身体を洗いっこします。
私が洗ってもらった後、たかじいを洗います。いつもはペニス付近は洗わないのですが、私は覚悟を決めて、上を向いたたかじいのペニスに手を伸ばしました。
「あそこはいいんだよ、麻紀子ちゃん」
「ううん。うちに洗わせて…」
「いや、いいから…麻紀子ちゃん」
私の手を退けようとしましたが、私はペニスを握ると扱きました。
「な、何をダメだ麻紀子ちゃん」
私は首を振って、ペニスを扱きます。
「こうすると気持ちいいんでしょたかじい…私…知ってるから…」
退けようとするたかじいの腕の力が抜けて、ため息をつきました。
見ると、たかじいは気持ちよさそうに目をつむっています。
「気持ちいい」
「ああ…でもダメだよ…こんなことしたら…」
「ううん…いいの…うち…たかじい好き…」
私は友人から聞いたフェラチオ">フェラチオをしてみました。
感覚が違ったのでしょう、たかじいが驚いて腰をひいて中断しました。
「麻紀子ちゃんそんなことどこでいけない…いけないよ」
私は友人高に校生の彼氏がいて、それでフェラチオ">フェラチオの事を聞いたといい、させてと懇願しました。
たかじいも心中は望んでいたのでしょう、何もいわず自分と私におをかけると、緊張した面持ちで、舟の淵に腰をかけました。
たかじいの理性の鏨も外れていたのだと思います。
ペニスは充血し天をむいて、我慢汁も滲んでいました。
「麻紀子ちゃんの好きなようにしていいよ」
その言葉に私は手で扱き、くわえ込み、なめ回しました。
何度かため息を漏らしたたかじいは、私が口を離した瞬間、
「く…くぅ」
と呻くと、射精しました。
めて観た射精に驚きましたが、嬉しくもありました。
風呂から出た私達は既に妖しい雰囲気に…特にたかじいはもう覚悟を決めたのか、布団を敷き、明かりを豆電球だけの薄暗い部屋にすると、私をそっと布団に寝かせてくれました。
「麻紀子ちゃん…いけない娘だな…」
私に添い寝したたかじい。
濡れた髪を撫でてきました。
私はたかじいへの想いを告白し、大胆にも、自分からキスをしました。
ぐっと押し付けた
もちろんめてのキス
たかじいが私に覆いかぶさり、舌をこじいれてきました。
息苦しさを感じながらも、舌がうごめく快感にぼーっとなりました。
やがて、たかじいの指やが私のそれこそ全身をはい回りました。
快感というかくすぐったような不思議な感覚に身をよじります。
「あっ」めて出た声は、たかじいが私の膨らみかけた胸の先端に吸い付いた時でした。
下半身がカッと熱くなりました。
私の乳首への愛撫の反応に気をよくしたのか、たかじいは乳房をしつこいくらい愛撫してくれました。
はあーっと快感のため息をついた瞬間に、たかじいの指が私のアソコに触れ、また不思議な感覚に身をよじりました。
「濡れてる…麻紀子ちゃん…」
たかじいが微笑み、私に囁きました。
意味はわかりませんでしたが、妙に嬉しかった…
それを確認したたかじいは、私の下半身におりていき、股を目一杯開かされ、目眩くような快感が襲ってきました。
それは背中に電流が走り、身体が浮くような感覚。
恥ずかしさもあり、を閉じようとする私の…