学校三年生の時から3年半、先生いたずらされていました。
放課後スポーツ少年団のミニバスケット部に入ったのは小学校三年生のときでし
た。
担任のM先生ミニバスの指導を行なっていて、学校の人数も少なかったせいか希望
者は三年生から入ることが出来たのです。
と言っても最初から何かできるわけでもなくパスの練習や走り回ることが楽しかっ
たに過ぎなかったのです。
きっかけは梅雨時にをつったことからでした。
その前の日の練習で疲れていたらしく、夜中にがつった私は、満足にほぐすこと
もせず翌日の練習にでていましたが、右足の筋肉がこわばっていたせいでを引き
ずりながら練習をしていたのです。すると先生がそんな私を見つけ、「美佳お前ど
うしたんだ」と聞いてきたので、「昨日がつったんです」と答えると私をバス
ケコートの外に出して、ふくらはぎをぐいぐいと両手でもみだしたのです。
先生痛いよやめてよ」筋肉が無理やりほぐされる痛みに抵抗しても先生
「今ほぐしておかないとずっと痛いままだぞ」と言って5分ほどそれを続けました。
そのあと「少し休んでろ」と言われ壁際でみんなの練習を見学しその日はそのまま
帰ったのでした。
翌日になると筋肉のこわばりは驚くほど無くなっていました。先生にそれを言うと
「そうだろう、今日はみんなに筋肉痛を治すマッサージを覚えてもらう」と言って
みんなを呼んで筋肉に溜まった乳酸を代謝するためのマッサージを教え始めま
した。メンバーは2人1組になって相手のふくらはぎをもみ上げ、太ももをほぐし、
をヒップアップの要領で揉みあげて最後に土踏まずをゴリゴリと押す方法を教
わりました。
ミニバスをやっているメンバーのうち約半数が塾やお稽古と掛け持ちしていて先に
帰ってしまいます。残りのメンバーでミニゲームをやってから片付けて帰るのがい
つもの習慣です。習い事をしていない3年生は私とあと2名で、片づけをするのはい
つも低学年の私たちでした。帰りに先生が私に声をかけました。「右足どうだ」
「まだちょっと痛いけど普通に走れるし大丈夫みたい。先生ありがとう」そんな
話をしているうちに残りの2人は帰ってしまい先生と二人きりになりました。あとは
体育館を閉めて帰るだけです。
先生が言いました「そのちょっと痛いのは今日マッサージして風呂にゆっくり入れ
ば直る。でも本当は疲労を残さないために毎日マッサージした方がいいん
だ。・・・ちょっとやっていくかコーラでも飲んで。」
コーラに引かれて私はマッサージをやってもらうことにしました。上履きを脱いで
体育館の板の上にそのまま寝転がります。梅雨時期は蒸し暑いのでまだ体操服のシ
ャツにブルマーでしたが、幼かったので恥ずかしいとは思いませんでした。
先生は今日教えてくれたマッサージを丁寧にやってくれて、約束通りコーラを買っ
てくれました。私は靴下が臭かったら恥ずかしいなと思っていました。
その日から毎日先生マッサージを受けました。確かに疲れにくくなるし先生はい
つもやさしくて帰りにジュースを買ってくれるので私は特別扱いされるのを嬉しく
感じていました。「ひいきしてる」と他の子に言われるのも嫌だったので、誰にも
秘密にしていました。
そのようにして数ヶ月たちました。ある日私は家でテレビを見ていたときにおしっ
このようなものが下着にビチャッとこぼれるのを感じました。それはお腹に力を入
れた時などふとした拍子にもれてしまうのでした。困ってに「なんかおしっこじ
ゃないけどおしっこみたいなのがもれる」と言って説明するとは困ったように、
「それはオリモノだよ」といい、生理用のナプキンをいくつかくれて、ひどい時は
使いなさいと言いました。当時は専用シートがなかったのです。そして赤ちゃんが
できる準備として生理があることオリモノのことを教えてくれました。
翌日はそれを付けて学校に行きました。先生はいつものように私のおをマッサー
ジしている時にそれに気付いたようでした。
「美佳お前生理になったの」私は恥ずかしくなりました。「ちがうよ」「だけど
さ・・・」「ただのオリモノだよ」言ってから気まずくなり会話が無くなりまし
た。先生はその重い空気を払うように「今日は腕のマッサージもやってやるよ。最
近ロングパスの練習で疲れてるだろ」と言って二の腕から背中、わき腹のマッサー
ジまでしてくれました。
その日から先生マッサージの場所を少しづつ変えていきました。おをする時は
少し下のほうまで、二の腕をする時は胸のほうまで優しくそっとマッサージをして
もみほぐすのでした。私は先生を全く疑わなかったのでマッサージをリラックスし
て受けていました。そしてマッサージを受けているときににオリモノのような液が
身体からたくさん出てくることが分かりました。それが愛液だとはまだ知りません
でした。
その頃からマッサージは誰も入ってこない男子更衣室でしていました。もうすぐ五
年生になる頃から私の胸は少しづつふくらんできました。先生に知られるのは恥ず
かしかったのですがすぐに分かってしまいました。先生が私の胸に触った時、私は
知られるのが嫌で別の話をしてごまかそうと思い、先生マッサージされるとたく
さんオリモノが出ることを話してしまいました。先生は「オリモノは身体の中に溜
まっている汗みたいなものだからたくさん出した方がいいんだ」と言いました。下
着が汚れるのが嫌だったら脱いでしまえばいいよ、タオルをかけてあげるからと言
って、私はさすがにそれは嫌だったので抵抗しましたが先生に腕を抑え込まれて脱
がされてしまいました。先生は私が今まで触られたことのない秘密の部分に手を伸
ばしてきて、すごく怖かったのに私の身体はとても熱くなり濡れてしまいました。
先生嫌だ・・・」私は半べそでを閉じようとしましたが相手は大人の男です。
やせっぽちの子供が抵抗できるわけはなく割れ目を広げられて筋に指を沿わされた
り、芯をこすられているうちに気持ちがよくなってきて喘いでしまいました。「気
持ちいいんだろ、気持ちいいとここが濡れてくるんだ」と先生は色々なところを触
ってきてどこが気持ちいいのかを調べまわりました。私は恥ずかしいのと気持ちい
いのとで頭が真っ白になりました。先生は「美佳はこんなにインランだからオレが
静めてやるからな、こんなことで気持ちよくなるインランだなんて他の人に知られ
ちゃだめだぞ、恥ずかしいことなんだからな」と言って私に口止めをしました。私
はインランというのがどういうものなのか分かりませんでしたがこのことは人に言
ってはいけないことなんだと思って誰にも言えずに黙っていました。
翌日から先生マッサージはエスカレートしてきました。乳首をつまんだり割れ目
を広げたりして、悪い液を全部出すまではしてやるからなと言って長いことこすり
続けたりしました。を広げられて初めて舐められたりしたのもこのころでした。
舐められるのはすごく気持ちよくて頭の中がふわふわして一瞬気を失ってしまうこ
ともありました。すると先生は「イったのか」といってすごく誉めてくれました。
「イク」というのが良く分からなかったけどこういうのなのかとおもいました。そ
のあとからふわふわと気持ちよくなるときは「先生、イク」と言わされました。先
生は時々小さな玩具を使って私を気持ちよくしました。今思うとあれはローター
ったのだと思いますが、そのブルブル震える玩具や指の先を割れ目から入り口のと
ころに当てて押さえつけられると私はすぐにイってしまうのでした。イクときには
先生、イク」と言うかまたは「犯してください」と言わなければいけませんでし
た。私はその頃には先生の言うがままに身体を差し出し、すっかり女の身体にされ
ていました。
初潮が終わった次の週、初めて私は先生のモノで犯されました。先生はコンドーム
の使い方を教えてくれて、きちんとコンドームを着けてくれました。その頃には私
先生がいないと耐えられない身体になっていたので犯されたというのとは少し違
うのかもしれません。先生は私をいつものように玩具で何度かイかせた後にゆっく
りと入ってきました。とても痛かったですがたくさん濡れていたのでするりと入っ
てしまいました。小学校を卒業するまで秘密の関係は続きました。卒業してからも
忘れられず、高校に入って彼氏ができるまで毎日自分で自分の体を慰める日が続き
ました。