父が幼い頃になくなったため、長い間、私の家庭は、子家庭でした。
中学生になって、が再婚するまで、と顔を合わせた回数は数えるほどしかないぐらいは、私のために働いてくれました。
だから職場の人間と再婚し、退職するといった時、私は、無条件で喜びました。
しかし、地獄が始まったのは、その時からでした。
昼ドラなんかに良くある話なのですが、新しい父親には、一人男の子の連れ子がいました。再婚した当初、私が歳だった時、その連れ子は、歳の大学生でした。
私は、その時、高校受験が目前に迫ってきていたこともあり、勉強などを良く見てもらっていましたので、兄の部屋に頻繁に通う
ことがありました。
そんな兄は、いわゆるゲームオタクで、よくいやらしいゲームを好き好んでやっており、私が部屋に入ると慌ててパソコンの電源を落としていました。
ある日、私が、彼の部屋を訪れると、なんと、兄は、ゲームの画面に食い入るようにしてオナニーをしていました。
「ご、ごめん…」
そう言って、私が部屋を出ようとすると何を思ったのか、彼は、私を組み敷き、そのまま挿入してきました。
それが、私の処女喪失でした。
それから、受験勉強とかこつけて、兄は、私を毎晩、部屋に呼び出すようになりました。
彼はゲームの台詞を読ませながら、私をゲームと同じように犯しつづけました。勿論、いやで、いやでしょうがなく、に助けを求めようと何度も思いましたが、そのことで、新しい父と離婚し再び、が苦労をするのかと思うと、ついに言い出せなく『私が我慢していればいいのだ』と言い聞かせて、黙っていました。
しかし、その我慢の限界が来たのが、その年後でした。
なんとか高校に進学することができたものの、兄との異常な情事は、毎晩、途絶えることもなく、ついには、そんな毎日に慣れてしまいました。
しかし、問題は、その二年後、兄が就職する段になり、彼が就職できなかったことでした。
毎日、学校にも行かずゲームばっかりしている人間が、この不景気の中、就職なんてできるわけもなく、その例にあふれることもなく、彼は、就職浪人することになりました。
そして、そのまま自動的に引きこもりになってしまいました。
その出来事以来、元々おかしかった彼の行動は、さらに磨きがかかりました。
「お兄様のおかげで、私とお母さんは生活していけるのです」
「お兄様のおち●●んのおかげで、私は、生きていけます」
などというわけの分からないことを言わせながら、私を一日中犯すのです。
両親は、仲の良い兄弟だと思っていたのでしょうが、さすがに一日中、部屋から出てこず時々、うめき声や叫び声などがしたら、心配になったのでしょう。
私が歳の夏、とうとう、父が兄と私の行為を発見してしまったのです。
普通なら、
『何やってるのだ!』
と兄を罵倒しそうなものの父は、私のあられもない姿に、欲情したのか、そのまま服を脱ぎ捨て、よつんばにして後ろから犯している兄を突き飛ばしたかと思うと、そのまま、痛がる私の頭を押さえつけるようにして、私の中へ挿入してきました。
「心配して、来てみたら驚いたもんだ」
「毎日、こんなことをしていたなんて。ずるいぞ」
「だが、兄さんが就職に失敗したのは、お前のせいだな」
「これからは、お父さんにも奉仕するんだぞ」
などと、やはりわけの分からないことを言って、その日から、父も私を犯すようになりました。
そして、私が、短大に入学した次の年、そうが再婚してちょうど八年目の春でした。
の留守に、居間で父が私を犯しているところを、なんとに発見されてしまったのです。
その時、私は、これからのことを考えず、素直に
『助かった。これで、全部、終わる』
に助けを求めようとすると、そのが父ではなく、私を罵倒したのです。
「この泥棒猫」
「人の男を横取りしやがって」
「お兄さんとのことは、見逃してやったけど、お父さんにまで、手を出すなんて」
散々、殴られましたが、私は、全然、痛くありませんでした。
肉体的な痛みより、が兄と私のことを知っていて、黙っていたその事実に驚かされました。
その次の日、私は、家出をしました。
今は、細々とアルバイトをしながら、一人暮らしをしていますが、今も兄と父ののしかかるような性行為を思い出すと吐いてしまいます。