前編:2度目の告白





――――世界の色が変わる。

俺の目はどうかしたのだろうか。何だか景色の様子が違って見える。

病室の窓から見える世界の色は、こんなにも鮮やかだったのだろうか。

目が覚めて、病室の窓の外を見た俺は思った。



なんて事のない、街の景色だけど何か違って見える。

まるで、昨日とは違う景色を見ているようだ。

今まで俺の目に映っていた景色は色を失っていたのだろうか、それほどまでに色彩は鮮やかだった。

赤はより激しく情熱的に、緑はより穏やかに、青はより爽やかに、黄はより華やかに、

そして、白はより優しさを増して俺に微笑んでいるかのように見えた。

心持ちだけで見える景色の色まで変わってしまうのだろうか。





昨日の夕方の事を思い出し、思わず顔がにやける。

美樹は俺を受け入れてくれた。好きだといってくれた。俺の彼女になってくれた。

その事実を考えると、頭がぼーっとする。が、いつまでもこうしているわけには行かない。



「…よしっ!」

俺はベッドから勢い良く飛び起きた。こんな所からはもうオサラバだ。



「あ、来てたんだ…」学生服に着替え、病院の外に出ると彼女は待っていた。

「あ、おはよう…尚くん…」ひさしくんの声がやや小さくなる。

まだ、彼女には呼び慣れていないのだろう。初々しい照れが感じられる。愛しかった。

「あ、お、おはよう、…美樹」しかし、それは俺も同じだったようだ。



「病院の中で待ってれば良かったのに」

「うん…なんとなく、病院の雰囲気って馴染めなくて…」

「ああ、確かにあんまりいい感じじゃないしね」

「それより、もう大丈夫? …身体」

「全然問題ない。至って快調。…ちょっと筋肉痛はあるけどな」

「ふふっ。頑張ってたからね」



昨日の夕方、あの後、彼女と一緒に登校すると約束した。

美樹は中々帰りたがらなかった。母親が、着替えやら、鞄やら持って戻って来ると言ったら、

「ご挨拶しなきゃ」などと言い出した。



「あれにはびっくりしたな」歩きながら俺は言う。

「だって、当然じゃない。か、彼女なんだから…」胸にじーんと来る想いがあったがごまかした。

「いや、俺としては恥ずかしくてね…。まぁ、近いうちにすればいいよ」

「うん」

俺はそっと美樹の手をつないだ。

美樹が少し驚いて俺を見るが…すぐに笑顔。俺も。



「でもなんか夢みたいだ」

「何が?」

「昨日の今頃はまだ片瀬…って呼んでたのに、今は手をつないで一緒に登校してるんだもん」

「あ…そう言えば」美樹は静かに微笑む。

「俺は…なんて幸せなんだろう。信じられない。夢みたい」

正直に胸の内を伝える。

「大袈裟なんだから…もう」



「いや、昨日からさ、変なんだよ」

「変? 何が?」

「何て言うか、落ち着かないんだ。そわそわするし、

気持ちが高揚してる。妙にテンションが高いんだ。

今までこんな事はなかったんだけどね。多分…浮かれてるんだろうな。嬉しすぎて」

「恋の熱病だね?」

「病原菌は君だけどな」

「ひどーい!」笑って怒る彼女。

「ごめん、ごめん、冗談…」俺はじゃれながら言う。



「あ。そろそろ手、離した方がいいかも」学校に近づいた頃、俺は言う。

同じ学校の生徒の姿を見かけるようになってきた。



「あ…そうね…。まだ、恥ずかしいもんね…?」

「うん…流石にまだちょっと…ね。からかわれるだろうし…」

「うー…」少し唸って不服を訴える彼女。

「仕方ないだろう? 美樹だって恥ずかしいって…」手を離したくないのは俺も同じだったけど。

「うん…。じゃあ、後でまた…ね?」

「ああ」

そう言って二人、並んで歩いた。



「じゃあ、またあとで…」それぞれの教室に近づいた頃、美樹が言う。

「あとって、休み時間?」

「あ、ひ、昼休み用ある?」何故か思い出したように慌てて言う美樹。

「? いや、ないけど?」

「じゃ、じゃあ一緒に…ご飯…いい?」伺いを立てる様な表情で。

「…当たり前だろ?」

「! うん!」笑顔に花が咲いた。





昼休み。俺は美樹の教室の前で待つ。

「あ、尚くん!」周りに人がいるのにも気付かず、美樹は笑顔で寄ってくる。

「…声でかいぞ…」

「あ…。ご、ごめんなさい」

「いや…行こう」

美樹のクラスの女子が驚いて…ひそひそ話。内容は聞かなくても大体わかる。

まぁ、いずれ人には知られる事だ。俺はなるべく気にしないようにした。



「ぷはー。やっと落ち着ける…」中庭は生徒はまばらで、俺達は備え付けのベンチに座る。

俺は深い溜息を吐いて言った。

「どうしたの?」

「いや、ちょっと…朝、教室行ったらさ、皆に拍手されて、熱烈歓迎を受けちゃって…。参ったよ…」

「あ、マラソンの?」

「うん。何か、みんな心配したんだって。感動したとかって言ってた人もいたな。

冗談じゃないよ。こっちはリタイアしたっていうのに」

「ふふ、私のクラスでも話題になってたよ」

「マジで?」

「うん、走ってて倒れるのって皆、はじめて見たみたい。…私もだけど」美樹は笑う。

「それでさらに…」俺は続けた。

「何?」

「俺が運動部でもないのに川原で特訓してたのを、誰かが見てたらしく…」

「うんうん」

「それが教師に知れ渡って校長と、体育教師が感動したらしい。

おまけに、体調悪いのに必死で走ったのも」

「…それで?」

「どうやら、後日、俺だけ別に表彰があるらしい。

努力賞だか、敢闘賞だか、特別賞だか知らないけどそういう感じの。HRで担任が言ってた」



「すごーい!」美樹は驚いて喜ぶ。

「でな、その知らせ聞いた時、また教室が拍手喝采…。何故か俺は立たされて、頭を下げてた。

おまけに秋田のバカは「西野コール」の音頭まで取り出す始末。あの宴会部長め…」

俺はぐったりした表情で恨めしげに言う。



「あ、それ聞こえた…。いきなり沢山の声で、

「に・し・の!に・し・の!」って。ふふっ、秋田君らしいね?」

「あいつは盛り上がれば何でもありだからなぁ…」

「でも、凄いよ。10位は無理だったけど、結局入賞じゃない。ふふっ」

「あー。そうか。一応、約束は果たした事になるか…。

でもなぁ…なんかブービー賞みたいだよ。小学校の「良く頑張ったで賞」みたいな」



「あんまり嬉しくないの?」

「うーん。まぁ、貰える物は貰っとくさ。どうせだから。

ただね、予想以上に目立ってしまって、照れくさいんだよ。

しかもそれがリタイアで得た評価ってのが…ね」

「奥ゆかしいね。尚くんらしいな」美樹は誇らしそうに言う。



「まぁ、でも約束は果たした。これで。晴れてデートですよ、片瀬さん」

「あ…、そ、そうだった…」絶対この人は今まで約束を忘れていただろう。

「OK?」

「う、うん」

「…ちなみに、賞もらえなかったらデートはナシだった?」悪戯の虫が騒ぎ出した。

「え? そ、そんなわけないよ!」

「でもなー。10位以内って約束だったからなー。やっぱしない方がいいかなぁ…」

「え? ちょ、だ、ダメだよそんなの!」うろたえる彼女。

「…冗談だって」笑って言う。

「え? ・・・も、もう! 意地悪…!」

「ははっ、ごめんごめん」

「…で、俺パン買って来ようと思うんだけど」

「あ、ちょ、ちょっと…まって…?」

「? うん」

「こ、これ…」バッグから包まれた四角い箱。…もしや。

「俺に?」

「う、うん…」緊張して渡す美樹。



包みを解いて箱の蓋を空ける。

「…わあ。サンドイッチだ…」

四角い箱に綺麗に区画されたサンドイッチ。丁寧に、均等に整列されている。

これだけでも、手間が掛かっているのがわかる。

「ど、どうぞ…」

彼女は魔法瓶を出して、琥珀色の熱い液体を注ぐ。紅茶だった。

「これも? いつもは魔法瓶なんて持って来ないよね?」

「う、うん…。きょ、今日は特別に…」ほんのり染まる頬。

「…じゃあ、頂きます」

「め、召し上がれ…」お決まりの常套句を交わす俺達。

美樹は身じろぎもせず、じっと俺を見詰める。なんだかこそばゆい。

再び頭の中で悪戯の虫が蠢動し始める。ひとつ掴んで口に入れ、咀嚼する。…直後。

「う…うう、こ、これは…!? ううう!!」そう言って俺はうずくまり、腹を押さえ苦しみ出す。

「え? ちょ、ちょっとどうしたの?」驚愕の表情を浮かべ青ざめる美樹。…ひっかかった。



「う………、うまい…」

「ええ?」

「いや…、非常に上手い。美味。おいしい。とても」俺は得意げに笑って言う。

「え? …あ。も、もう! また騙した?!」今度は赤くなる美樹。

「ははは。非常に古典的だが、引っ掛かったね。ははっ」

「もう! そんなバカな事ばっかりして! ベタベタじゃない!」

「俺は基本に忠実なんだ。これは王道だ。お約束だ。古から伝わる愛の儀式なんだ。

彼女が作ってくれた最初の手料理を食べた男は、必ずこれをやらなくてはいけない。

真実の口に手を入れたら、必ず引っ張られなきゃいけないのと同じだ」

「私はオードリーじゃないもん…!」

「じゃあ、次は缶ジュースを後ろからほっぺたに付けて「ひゃっ、冷たい!」だな」

「もう!」非難しながらも彼女は楽しそうだった。目は怒っていない。



「でも、うん。美味しいよ、ホントに」

そう言って俺は食べ続ける。紅茶も上品な甘みで食欲を刺激した。

「そう? ほ、ほんと?」

「ああ、美味しい。料理上手なんだな、美樹は」

「え? そ、そう? 嬉しいな、やった…」胸を張る彼女。

「でもさ、これって作るの大変だったんじゃない?」

「え? どうして?」

「いや、綺麗に並んでたし、パンも上手にいい色に焼けてる。生でなく、焦げてもなく。

おまけにパンの耳も丁寧に切られてるみたいだし…」



「…あ、ちょ、ちょっとだけ頑張っちゃった…かなぁ…?」恥ずかしそうに言う。

「いや、ちょっとどころじゃないな、これは。凄く手間が掛かってる。うん、嬉しいよ。ありがとう」

「えへへ。どう致しまして…」彼女はぺこりとお辞儀する。



昼休み。至福の昼休み。このまま終わらなければいいのに。

俺は爽やかに晴れた空を見上げて願った。







「ヘイ、YO! そこのカレシ?。こっち来いYO!」

「…今度は何だ。リズム感のないラッパーよ」

「いやいや、まだストリートデビュー前だからしょうがない。

そ・れ・よ・り・も!」猫撫で声で近づいてくる。

「…気持ち悪さは極めてるんだけどだな」

「えへへぇ…。君に話しあるんだけどな??」

「わかったわかった。こっちへ来い」放課後、俺は秋田と教室を出た。



「で? どうなの?」

「…何が?」

「言わせる気? 女に恥をかかせるの? 酷い!」

「何だそのテンション」

「ああもう、じれったい! 吐け! このコソ泥がぁ! お前が盗ったんだろうが!」

「何も盗ってねえよ…」

「いーや、盗ったね。盗んだね。それは何かって? 彼女のハートをさ!」

「じゃ、また明日な」

「おう、また明日。…って、待てルパ?ン!」



「なんだよ、もう。うるせえなぁ…」辟易としながらも毎度のやり取りに俺は笑った。

「はぁはぁ、ち、ちょっと待てよ。俺一人で騒いでバカみたいじゃないか…」

「何を今更」

「いや、だから。頼むよ、教えてくれよ?。ひー君ってば?」俺にすがりつく秋田。

「袖を掴むんじゃない。お前はダイヤモンドに目が眩んだ女か。あとひー君はやめろ」



「で? で? で?」

「…お陰様で。上手く行った」

「…マジで?」秋田の細い目が見開かれる。

「超大マジ」

「か、片瀬と? あの片瀬と?」あの、の部分を強調する彼。

「他に誰がいる」

「……いつからよ?」

「…昨日…だな。お前が病院から帰った後」

「あああ、俺が帰った後に?!? お、お前らは? ふ、不潔!! イヤ! 恥ずかしい!」



「…何を妄想してるか知らんが、大した事は起きてないぞ?」

「そうなのか? 告白だけか?」

「ノーコメント」

「ままま、まさか…」

「うるさい。大それた事は起きてないと言っただろう。…察しろ」

「はぁ???。…お前も遂に彼女持ちかぁ…」

「何言ってんだ。お前だって彼女いたじゃんか、ちょっと前までは」

「まぁな、でもそうかぁ…。片瀬かぁ…いいなぁ…」

「そうなのか?」

「当たり前だ。片瀬だぞ? 片瀬を羨む女はまずいないだろうが、お前を羨む男は腐るほどいる」

「…悔しいが言い返せない…」



「うちのマドンナも手が付いたか…」

「嫌そうだな。お前も好きだったのか?」

「いやいや、とんでもない。恐れ多いよ。憧れてはいたけどね。

そんな大それた事が出来るお前は凄い。ていうか、お前絶対解かってない。片瀬の人気」

「そんな事はないって」

「いや、まぁ、多少は知ってるだろうけどさ。多分ビビると思うよ。

嫌がらせとかはないだろうけど、知ったらがっくりする奴もかなりいるんじゃないかなぁ?」

「………」



「あーいや、違う。脅かすつもりはない。けど、知っといた方がいいよ。

実は、体操部覗き禁止令が出来たのも片瀬のため」

「そうなのか?」

「ああ、あいつが来るまでは覗きなんて殆どなかった。

それが、禁止されるくらいにまで増えたんだよ。つまり、片瀬に告白できなくても、

見たいとか思ってる奴がわんさかいるってわけ。

告白とか、手紙渡す奴なんて氷山の一角。その下には思いも伝えられない奴が沢山いる。

まぁ、そういう人と、君は付き合う事になったわけだ。気を引き締めないとな」



「…だからどうした」

「へ?」

「確かに俺の思ってたよりも人気はあるみたいだな。でも、そんなの関係ない。

あいつが好きなのは俺だけだ。あいつと付き合ってるのは俺だ。俺だけだ。

俺達の間に、誰の割り込む余地もない」何故か熱くなった。

「おお…。ど、どうしたんだお前…?」

「ああ、いや、ちょっと」



「…ふうん…」

「? 何?」

「いや、良かった。安心した。それだけ言い切れるなら、大事に想ってるなら大丈夫だよ。

いやぁ、お前なんかかっこ良かったぞ」

「よせって…」俺は照れて頭を掻いた。秋田に熱くなっても仕方ない。

「ま、しっかりな。応援してるよ。って、もう帰るのか?」

「いや、彼女が部活終わるの待つ。図書室でも行こうかと」

「俺も行くよ。ヒマだし」

「騒ぐなよ?」

俺達は夕日に染まる校舎を並んで歩いた。秋田はしきりに、

「いいなぁ…。…いいなぁ…」などと言っていた。



「あ、おーい!」体育館から出てきた美樹が俺に気付いた。大きく手を振る。嬉しそうに。

俺は座っていた花壇から離れ、彼女に近づく。空にはまだ夕焼けが残っていた。

「お疲れ」

「ありがとう、図書室にいたの?」

「ああ、いい時間潰しになるよ。今さっき出てきたところ」

「ふふっ、本沢山あるもんね。…じゃあ、かえろっか?」

そう言って彼女は俺の腕に自分の腕を絡ませる。

「うん。…しかし、若干の問題が発生している」

「え?」

「そこだ」そう言って俺は花壇の暗がりに指を差す。学生鞄がはみ出している。

誰かが花壇の向こう側にしゃがんで隠れている。



「いやぁ…どうも…えへへ」

「あ、秋田君?」美樹は慌てて俺から腕を離す。

「…帰れって言ったんだけど…」俺は美樹に済まなさそうに言う。

「あ…」

「あ、いや、片瀬ごめんな。どうしても、気になってさ。友の恋路が」

「嘘付け。この芸能リポーターが」

「酷い! 何もそこまで言わなくても…ちょっとした好奇心と野暮じゃない!」

「野暮だと自覚してるあたりにタチの悪さがある」俺は溜息を付いた。

「いやあ、でもいいねー。青春だねー」秋田は嬉しそうに言う。



「行こう、美樹」

「え? いいの? ほっといても…」

「構わないよ。それに…多分、ほっといてもついて来る」俺は美樹を促し、歩き始めた。



「待ってー。置いてかないで?」予想通り、彼は憑いて来た。



「で、で、で? どっちから告白したの?」リポーターの拷問のような尋問が続く。

「えーと…」

「美樹、答えなくていい。相手はハイエナだ」

「うわー、美樹だって! もう名前で呼び合ってるんだ! 早やー!

え? じゃあ、何? 片瀬も名前で呼んでるの?」

「え? う、うん…」

「だから答えなくっていいって…」

「なんだよ?、俺は片瀬に聞いてるんだから邪魔すんなっての!

って、今日はちょっと離れて歩いてるけど、やっぱ普段は手とかつないじゃうんだ?

そういや、さっきも腕組んでたしね」

「あ、あれは…」

「いつもはああなの?」

「いつもって言っても、今朝からだけど…」律儀に照れながらも答える美樹。

「…誰のせいで、わざわざ離れて歩いてると思ってんだ!」

俺は遂に秋田の尻を蹴っ飛ばした。加減はしたが。

「痛い! 片瀬見た? この暴力男を。普段は大人しいけど本性はこれよ?」

「ふふふっ…」

「ちょ、笑ってる場合じゃないって…」秋田は言う。

「…仲良いんだね、二人って」



「……」

「……」男達の沈黙。

「ふざけて、笑って、じゃれ合って、楽しそう。ふふっ、仲良しの男の子達を見るのっていいね」

「……」

「……」男達の羞恥。

秋田と見詰め合う。二人とも、気まずい視線が泳いでいる。



「わははは」

「あはははは」

何故か俺達は笑った。多分照れ隠しだろう。美樹の指摘があまりにストレートだったから。



「?」美樹だけが取り残されている。



「まったくあのバカは…」ファーストフードの店で俺は毒づく。

「ふふっ、でも面白かったよ。楽しいね、秋田君って」

「まぁ、芸人みたいなもんだから。それを取ったら何も残らないからね」

「ひどーい。あはは。でも、いい友達持ってるんだね。尚くんは」

「…まぁ、否定は出来ないかな、残念ながら。…いい奴ではあるね、認めたくはないが」

「またまた、強がっちゃって」

「……世話にもなったからね。美樹との事でも」

「そうなの?」

「ああ、相談に乗ってもらった。色々と。全部は話してないけど」

「へぇ。キューピッドなんじゃない? 私達の」

「かもね、見た目はゴリラみたいだけど」

「もう! あ、でも似てるかも。ふふふっ」

邪魔者のいなくなった店内で、俺達は話に花を咲かせた。



「じゃあ、また明日」美樹が言う。

「うん。あ、じゃあ、あの分かれ道に明日」

「あ、明日も一緒に学校行くの?」

「だめかな…?」

「ううん、嬉しい」

「…良かった」俺達は微笑んだ。



そろそろお別れかと思ったが、美樹は帰ろうとしない。

周囲をキョロキョロ見詰めている。誰か探しているのだろうか。しかし、近くには誰もいない。

「え?」

美樹は突然俺の目の前まで来て、

―――口付けた。唇に。やや慌てたが、俺は静かに目を閉じ彼女の華奢な背中を抱いた。



「……好き」小さな声で、でも真剣な声で彼女は言った。

「うん…」俺は美樹の優しく身体を包み答える。



美樹を抱きしめたまま空を見上げる。今夜は残念ながら、星も月も見えなかった。

それでも、俺は満足だった。夜空に輝きがなくても寂しくない。



今はもう、ふたつも光を持っていたから。

朝も昼も夜も消える事のない輝きを、心と腕の中に抱いていたから。



「やばっ…遅れてる…!」俺はクォーツの腕時計の正確さを呪った。

夕べは緊張であまり寝れなかった。少し寝坊した俺は待ち合わせ場所へ急いだ。

付き合い始めてから初めての日曜日。

俺達は約束どおり、初めてのデートを迎える。



駅前で待ち合わせ。俺達の家は駅3つ分程しか離れていなく、一緒に出かける事も出来たのだが、

昨日の夜の電話。

「ふふっ、明日楽しみだね。デート」

「うん、どこに行こうか?」

「どこでもいいよ。あんまり予定を決めないで行くのがいいかな…」

「わかった。じゃあ、どうする? 家まで迎えに行こうか?」

「うーん、待ち合わせに…しない?」

「? いいけどどうして?」

「うんとね、待ち合わせの方が、デート…って感じがする…」

「ああ、そうかも。わかった。じゃ、明日の10時に駅前でどう?」

「うん!」



自分から決めといて遅れるなんて。

それでも10分程度だが、遅刻は遅刻だ。ようやく目的地に辿り着いた俺は彼女の姿を探した。

休日の駅の周りには人が多く、他にも待ち合わせている人も多かった。



「…ごめんなさい。待ち合わせをしてるから…」聞きなれた声。すぐ後に聞き慣れぬ声。

「えーいいじゃん、遊び行こうよ??」

…美樹だった。知らない若い男に言い寄られている。俺は二人に近づく。



「美樹? どうしたの?」

「…あ! 尚くん。えーと…」

「…なんだよ、彼氏いるのかよ?。悪かったね、じゃ」そう言って彼は去った。

「今のって…もしかして…」

「……うん」美樹はみなまで言わなくとも聞きたいことを理解してくれた。



「ナンパ…か。初めて見た…。…って、そんな場合じゃない。

ご、ごめんな!? 俺が遅れたばっかりに!」俺は心から詫びる。

「い、いいの。もう大丈夫だから」

「でも俺がもっと早く来てれば…」

「違うの。あの人で…、ふ、二人目…だから…」

「え? じゃあ、その前にも?」

「う、うん…」恥ずかしそうに頷く美樹。

「…凄い…。い、いつもこうなの?」秋田の指摘を改めて思い出す。

やっぱり、俺は彼女の凄さをまだまだ理解していなかった。

「ううん、いつもは無視したり、走って逃げたり…。

でも今日は待ち合わせだったし、ここから動けなかったから…」

「あ?俺が気が利かなかった。やっぱ、家まで迎えに行くべきだった!」

「いいの、私が待ち合わせにしてってお願いしたんだから」

「でもさ…」

「だからいいの。楽しかった。尚くん待ってるの。ナンパは…ちょっと迷惑だったけど」

複雑な表情で微笑む美樹。

「…美樹…。よしっ! じゃあ、仕切り直しな?」弾かれたように言った。

「え?」

そう言って俺は美樹から離れ、彼女から見えなくなる距離まで移動してから再び現れた。

「…ごめん、遅くなって。待った?」

少し戸惑っていた彼女だったが、

「…ううん、今来たとこ。……これで…いいのかな?」

「完璧です」俺達は笑った。









それから俺はデパートの中で美樹の買い物に付き合った。

洋服を大体近くの量販店で安くて適当なものを、深く考えもせずに買っていた俺には敷居が高かった。

こじゃれたテナントのショップをまわる度、場違いな緊張感に襲われたが美樹はお構いなしだ。

相当買い物慣れしている。しかし、美樹が洋服を試着する度、俺に見せてくれるのは楽しかった。

「洋服好きなんだ?」買い物の途中で俺は尋ねる。

「うん、大好き。買い物も好きなんだ」実に女の子らしい回答。



そう言えば、美樹は俺から見ても垢抜けている。お洒落と呼ばれる部類だと思う。

着ているものも同年代の女の子と比べると高級感がある。お嬢さんなのだろうか。

学校にいる時は俺は学ラン、美樹はセーラー服だったから気にならなかったが、

なんだかまたひとつ、釣り合わない要素を発見してしまった気がする。



「ね? 尚くんのも買おうよ?」

「え? お、俺はいいよ…。良く解からないし、…高そうだし…」やんわりと固辞する。

「そんなに高いのばかりじゃないって。あ、ここなんかいいんじゃない?」

そう言って美樹は俺を同じデパートの中の店に連れて行く。こんな所、足を運んだこともない。

「これから寒くなるから、セーターがいいかな? う?ん、ブルゾンの方が気回しが利くかなぁ?」

美樹は既にコーディネートまで考えている。殆ど独り言だ。



彼女は洋服をひとつ手にとって、

「これなんかいいんじゃない? 似合うと思うよ、ラインが綺麗だし」

「…ラ、ラインって何?」

「あ、こっちかな。カバーオールの方が好き?」

「か、かばーおーるって…。…何をカバーしてるの?」

……拷問だ。美樹は丁寧にファッション用語を解説してくれるが、全く頭に入らない。

曖昧な相槌を繰り返すだけの俺。お洒落で綺麗なショップの中で、

お洒落で綺麗な女の子に振り回されてうろたえる冴えない男の図。





「うーん、やっぱりこういうのは着ないとね。すみません、試着させてもらえますか?」

「ええ、どうぞ」柔らかな店員の返事。

俺達の滑稽な様子を見ても丁寧な接客が変わらないあたり、プロだ。

「…て、俺着るの?」そうだった。今試着するのは美樹じゃない。

「いいから。はい」そう言って美樹は真新しい上着を持って俺に着させようとする。

逃げられない。諦めた俺は袖を通した。すかさず店員が全身鏡を俺の目の前に持ってくる。

鮮やかだ。美樹と店員はまるで10年来の友達の様な阿吽の呼吸を見せた。



「…お」俺は鏡に映った自分の姿を見た。相変わらず冴えない高校生の顔が映っていたが、

首から下はそれなりだった。美樹のセンスに間違いはなかった。

「…どう?」

「似合ってる…様な気がする。なんとなくだけど…」俺は遠慮がちに言った。

「えへへ、こういうの似合うと思ったんだ」美樹は自慢げに言う。

タグを見ると、高校生にも手の届かない値段ではなかった。

彼女の罠は周到だった。







「いい買い物できて良かったね」遅い昼食を取りながら、美樹は嬉しそうに言う。

「…うん。恥ずかしかったけど。まぁ、いい経験になったような気もする」

「そうそう、その調子。また行こうね?」

「そんなに何度も買えないけどな」俺は紅茶を飲みながら言った。

「も?。でも楽しいでしょ? 何だか違う自分になった気がしたでしょ? 服を変えただけで」

「まぁ、…少しは…」実際その通りだったので否定できない。

「でも、なんだかなぁ。プリティー・ウーマンの男女の役が入れ替わったみたいだよ…」

「プリティー・ボーイだね。尚くんは」彼女はおかしそうに笑う。

「…やめてくれよ…」俺は恥ずかしくて目を逸らした。







「あ?。いいもの見つけちゃった!」夕暮れも近づいた頃、彼女は大きな声を挙げて言った。

「…今度は何?」新たな未知なる恐怖に備え、俺は身構えて言った。

「えへへ。これこれ」そう言って彼女は俺を引っ張る。ゲームセンターの方に。

「いいものって、プリクラ?」彼女は筐体の前で止まる。

「撮ろう?」

「……」

「嫌なの? 撮った事ないの? 今流行ってるじゃない?」

「…前に一度だけ。男だけで撮った事がある」

「苦手なの?」

「写真は…見るのはいいんだけど撮られるのはあんまり…」

「大丈夫、プリクラと写真は違うもん」笑って言う。

安心して私の胸に飛び込んで来いと言わんばかりの表情だ。

どこがどう違うのか是非説明してもらおうと思い、口を開きかけたが、

「……ダメなの?」少し悲しそうに、上目遣いにおねだりする。

「…その顔は卑怯だ…。ああもう、わかった。撮りますよ」

「やった!」一瞬にして顔が綻ぶ。現金なんだから。



「動いちゃダメだよ?。ここのね、穴を見るんだよ?」

「わかった」

そう言って彼女は俺に寄り添い、俺の片腕を抱き締める。…プリクラも悪くないかも。

俺は彼女の柔らかさと暖かさを感じてそう思った。現金なのはお互い様だった。



「はい、あげる」そう言ってプリクラの半身を俺に渡す。

「何か変な顔だなぁ、俺」

「だって、動くからだよー」美樹は実に綺麗に写っている。とは言え、元々素材が違うか。

なんとなく、上手く俺達を表現している写真のように思えた。



初デートは順調に過ぎていく。気付けば夜も始まっていた。

「そろそろ帰らないと、送ってくよ」

「…あ、そうか。うん、そう…だね」美樹はどことなく元気のない返事。

「考えてる事は同じだよ。でも、もう遅いし、明日も会えるから…」

「そうだよね? うん、帰るよ」





俺は美樹と手をつないだまま、夜の道を歩いた。

「あ、ここ」指を差す美樹。白い指が指し示したのは綺麗なオートロックのマンションだった。

賃貸なのか、買ったのかはわからなかったが、高い物件である事は間違いない。



「じゃ…また明日な」

「うん、また明日」そう言って美樹はマンションのエントランスに消えた。



「また明日…」美樹がいなくなってからも、俺はもう一度呟いた。



















「おーい、西野?。待って?」

「うるさい、話しかけるな。…俺だって辛いんだ」

「ひ?君冷たいよ?。美樹ちゃんに言っちゃうよ??」

「……」俺は無視して黙々と走る。



体育の時間、今日は数クラス合同で行われていた。校庭を男子がゾロゾロと走る。

「な?、なんで体育の時間までマラソンなのよ?? こないだマラソン大会やったばっかじゃんよ?」

千鳥足の酔っ払いのような走り――もはや走りとも呼べない、歩みで秋田は愚痴を言う。

「俺に言うな。文句は教師に言え」

「あああ?サボればよかった?。…せめて女子がいればやる気も違うのに?」呪詛のように恨めしく呟く彼。

俺は無視して置き去りにした。



苦行の様な授業はやっと終わった。皆一様に疲弊している。

休み時間、校庭近くの水飲み場は喉を枯らした男子達でごったがえしてる。

「ダメだなこりゃ?。ああ、水飲みたいのに…」大して走ってないくせに秋田は言う。

「そうだな。俺、裏門の方の水飲み場行って来る。多分あんま使われてないだろう」

「あっちまで行くのか? 面倒だな、俺はここでいいよ。空くのをもうちょい待ってるわ」

「わかった」俺は歩き出した。



校舎の裏、普段は人も通らないような一角にやや古びた水飲み場はあった。

誰もいない。が、それはいつもは誰も使っていないという事だ。衛生面が少し心配になった。

「大丈夫かな…?」

俺は不安な気持ちで蛇口を捻る。透明な水が流れ出す。少なくとも、見た目は大丈夫そうだ。

何より、激しい喉の渇きに目の前の誘惑は断れなった。俺は大口を開けて水を飲む。

すると、やや遅れて誰か―――同じ色の体操着を着ていたので、

さっきまで一緒に走っていた同じ学年の生徒だろう、別の男子もここに水を飲みに来ていた。







俺は水を飲み終わり、教室に向かい歩き始めた。ちょうど後から来た彼も給水を終えて、顔を上げた。

「なぁ、おい」呼び止められた。

「ん?」反射的に俺は彼のほうを向く。髪を派手な茶色に染め、ピアスを耳にいくつも付けている。

いわゆる、不良と呼ばれる人間。小柄だったが、整った顔立ちをしていた。

女子にはモテそうなタイプに見えた。俺みたいな垢抜けないタイプとは正反対に見える。

「お前、西野だろ? 確か」ぶっきらぼうに言う。顔は見た事があったが、名前は知らなかった。

同じ学年の生徒であることは知っていたが。

俺は同じクラスの生徒と、仲のいい人間以外の名前はあまり知らなかった。



「そうだけど、えーと…」名前が出てこない。

「ちっ、…荒川だよ、荒川。知らねーのかよ、お前」吐き捨てるように言う。

自分が有名人で、学校の誰もが知っていて当たり前だとでも思っているのだろうか。

「あー、そう、荒川だっけ…。で、何か用?」俺は適当に相槌を打つ。

「…お前、片瀬と付き合ってんだって? マジか?」

「…まぁ、そうだけど」既に、俺と美樹が付き合っているのは学校では周知の事実だった。

「…噂はマジみてーだな。片瀬がねぇ…、お前と? ふうん…?」ニヤニヤと笑っている。

不愉快に、口元を歪めている。



「話はそれだけ? じゃあ、俺行くから」

「まぁ、待てって。じゃあさ、こんな話知ってるか? 片瀬の」

「え? 何?」食いついたのが失敗の元だった。

「お前、あいつともうやったのかよ?」

「……は?」

「だからぁ、お前、片瀬ともうやったのかって聞いてんだよ」

「……なんでそんな事、答えなきゃいけないんだ?」

「なんだ、まだなのかよ。くくっ…じゃあ、知らねーか。はははっ」下卑た笑い声。

「…何が?」



「俺、あいつとやったんだけど。ちょっと前に」意地悪そうに、誇らしげに言う。

「……」

「悪りーな、先に頂いちまって。いい身体してたぜ? あいつ。胸もデケーしよ!」

「悪いが信じられない。そんな話は聞いたこともないし、

彼女は今まで誰とも付き合ってない。誰とも付き合ってないのにそんな事を簡単にする人じゃない」

「あははは。やっぱ馬鹿だなおめー。ちったぁ頭使えよ、童貞」あからさまに敵意を剥き出しに。

しかし、どこまでも人を侮蔑する事だけは忘れないようだ。荒川は続ける。

「付き合ってなくてもセックスなんか出来るっつーの。知らねーのかよ?」

「…何が言いたい…」

「…レイプだよ。レイプ。無理やり犯ってやったんだよ、あいつをな。

な? だからお前に言うわけねーだろ? 片瀬が」

「……やめろ」心が黒く、どす黒く侵食されていく。―――憎しみによって。



「あ? なにお前、その口の利き方。 シメるぞ? あんま調子乗ってっと。

…まぁ、今はお前のもんなんだから、せいぜい大事にしてやれよ?

けどそのうち、あいつもおめーみてぇなダセー奴に愛想が尽きたら、俺のとこにでも来るんじゃね?

いや、俺が今から行ってお前から奪っちまうってのもいいかな?

そしたらお前どうするよ、なあ? 泣く? 泣いちゃう? 「返して下さ?い!」って。ぎゃははは!」





―――血が爆ぜた。



もうこれ以上、この男に喋らせておくわけにはいかない。

理性という名の枷を引き千切る。俺の脈拍はレッドを振り切った。

一気に荒川に向かって飛び込んで行く。

「あ…!?」目を見開き、仰天して固まる彼。反撃など全く予想していなかったようだ。

俺は奴の体操着の前の襟首を掴み、力任せに校舎の壁に背中から叩き付けた。

鈍い音が空の下に響く。

「がっ! ぐぅ…!」叩きつけられた荒川は俺の腕を振り解こうとする。が、俺の腕は解けない。

俺は構わず、彼の服を掴んだまま首元を捻り上げた。小柄な彼は上に引っ張られ、爪先立ちになる。

「て、てめぇ…!」

そう言って荒川は俺の顔面に殴りかかった。が、俺はよろけもせずその拳を受ける。

爪先立ちではパンチに力も入らないし、彼は小柄で痩せていた。腕力もさほどなかった。

痛いことには変わりないが、アドレナリンに支配された俺の身体を黙らせるほどの効果はなかった。



俺は彼の顔に顔近づける。10cm程の距離で言う。

「…お前の与太話を信じるほど、俺はおめでたくはない。好き勝手に、誰にでも言ってろ。

だがな、お前がこれからもし、美樹に何か、あいつを傷つけるような事をしてみやがれ」

「あ、ああ? 傷つけたら…なんだ…ってんだ…?」

まだ虚勢を張る余力はあるようだ。しかし、目には怯えの表情が浮かんでいる。



「―――殺す。お前を」

自分でも驚くような、低くて冷たくドスの聞いた声。

「! な、なんだ…と?」呼吸が苦しいのだろう、声が掠れている。

「出来ないと思うか? 俺は嘘付きじゃない。…お前と違ってな」

そう言って俺は更に絞り上げた腕に力を込める。苦悶の表情に歪む荒川の整った顔。

「うぅ…や、やめ…ろ…わ、わかった…から…」ようやく白旗を揚げる彼。俺は手を離した。

荒川は地面に崩れ落ちる。大きく肩を動かし、足りなくなった酸素を求め苦しそうに呼吸している。

抵抗する意志はもうなさそうだった。ちょうどその時。



「にしの?。どこ行った?。おーい、ひーく?ん。授業もう始まるよ?。…って、あ、あれ?」

俺を探しに来たのだろう。秋田だった。

「ちょ、ど、どうしたんだ、お前ら!?」俺と荒川の只ならぬ姿を見て驚いて言う。

「秋田…」俺は彼を見る。体内の血はまだたぎっている。

「ち…。くそ…」そう言って荒川は走り去った。俺達から逃げるように。



「なんだ? け、ケンカか? 今の?」

「…なんでもない…」

「何でもなくないだろう!? あ、お前血出てるじゃんか!?

殴られたのか、あいつに? 平気かよ、おい!?」そう言って顔の傷の具合を見ようと近づいてくる。

「うるさい! 触るんじゃねぇ!!」俺は叫んで秋田の手を振り解く。

「っ! …ご、ごめん…」俺の剣幕に驚いて小さく謝る秋田。



「あ…」瞬間、沸騰していた血が冷え始める。冷静になってくる。

「いや、待て秋田…。悪かった。…ちょっと…頭に血が昇ってて…ごめん」

「……お、おう…。と、とにかく座れよ。あ、まず血を洗った方が…いいんじゃない?」

恐る恐る提案する。彼は少し怯えている様にも見える。

いつでも底抜けに明るい彼に、そんな接し方をされるのは嫌だった。その原因が自分にあったとしても。



俺は水飲み場で口を洗った。唇が切れていて、そこから血が流れていたようだった。

大した怪我ではなかったが、唇は少し腫れていた。





「いてて…」傷口が染みる。俺は顔をしかめた。

「も、もう大丈夫か?」

「あ、ああ、大した傷じゃない」

「いや、そうじゃなくて、お前に話しかけても平気…か?」

「あ?、うん。いや、さっきはごめん、興奮してたから」

「そ、そうか…。しかし、お前がキレたところ初めて見たぞ? 普段大人しい奴がキレると怖えーのな?」

「……」

「何があったのよ? さっきのあいつと」

「授業、もう始まってるんだろ?」

「まぁね。いや、次、化学じゃん。で、教室から移動するのにお前の姿はないし、

おまけに制服も机の上に置いたまま。まだ着替えてもいない、授業もう始まるってのに。だから探しに来たのよ。

さっき、こっちの水飲み場行くって言ってたから。

で、見にきたらお前は口から血流してるし、もう一人は地面にうずくまってるし」



「…悪いな。わざわざ探して貰って。授業、始まってるんだろ? 行きなよ、俺も着替えていくからさ」

「……世の中には授業より大事な事もある。授業よりも大事な時がある。今はそれだと思うんだ。

少しずついろんな意味がわかりかけてるけど?♪ 決して授業で教わった事なんかじゃない♪と、歌った人もいる」

「…尾崎かよ…。サボりたいだけじゃないのか?」笑って言った。笑える程までに、心は落ち着いてきた。

「ならいいよ、僕行くもん、…おベンキョーしに」そう言って立ち上がろうとする。

「ああ、わかった悪かった。感謝するって。友よ」俺は正直に彼に従う事にした。



「…というわけなんだよ」思い出すのも腹立たしかったが、俺は事の顛末を説明した。

「…なるほど。…そりゃあ、お前もキレるわな。まぁそんな事だろうとは思ったけど」

「そう?」

「そうだよ。だって、お前がケンカするのなんて初めて見たもん。あんなにキレてたのも」

「…うん。あんなに怒ったのは初めてだ。…ケンカしたのも。

まさか、自分から手を出す事になるとは思わなかった…」

俺は人と争うという経験自体が少なかった。怒る事も嫌いだった。

小さい頃から遡ってみても、言い争いさえ殆どした事がない。



「でも、相手が荒川じゃあ。どうせまた、ろくでもない事言われたんでしょ?」

「知ってるの? 荒川」

「まぁねぇ。まぁ、ヤンキーグループの一人だよ。俺はヤンキーとも割と仲良いけど、荒川は嫌い」

はっきりと言い切る秋田。珍しい。彼がそこまで嫌悪をはっきるさせるとは。

大体、人の悪口はあまり言わない男だった。

「なんつーか、セコいんだよ、あいつ。強い奴にはへーこらしてるけど、

弱い奴、普通の真面目な奴には、えばり散らしてる。こないだも大人しい奴を苛めてたらしいな」

…納得。奴のやりそうな事だ。





「いやね、ヤンキーったって、ウチの学校はのんびりだけど、校則は結構厳しい。

髪型とかはわりと自由だけど、いじめとかやってバレれば退学にもなる。暴力には厳しい。

だからヤンキーも校内ではさほど問題起こさないし、そのリスクを考えての事か、いじめも殆どしない。

だけど、ああいう奴もいるんだよ、中には」

「……うん」

「まぁ、被害者か、誰かが言えば退学になるんじゃね? そのうち。

まぁ、見つからないようにやるあたりが荒川なんだろうけど」

「美樹の事は…」

「デマだよ。まぁ、口は達者な奴だから。頭は悪いけど。それに、あいつに女襲う度胸なんてないって。

なんでお前にそんな事言って絡んできたのかは知らないけどね。

というか、片瀬の方が強いんじゃないの? 下手したら。お前、荒川と取っ組み合ってたんだろ?」

「美樹と取っ組み合った事はないけど、そうかも…」俺達は笑った。



「でも、報復とかないかなぁ。あいつが仲間集めたりして。それがちょっと心配…」

秋田が心持ち、神妙に言う。

「それは心配ないよ。報復はない。俺の側から言わない限り、表沙汰になる事もない」

「? どうして?」

「…あいつと話してみて解かった。あと、秋田の話を聞いて確信した。

あの手のタイプはやたらとプライドだけは高い。弱い、臆病な奴に限ってそうだ。半端な不良ってやつだよ。

遊び半分にからかうつもりで絡んだのに、自分がやられそうになったなんて絶対に言わないよ。

まして俺みたいな普通の奴を相手に。しかも一対一なわけだし、こっちから絡んだわけでもないし。

手を出したのは俺が先だけど、話を聞けば誰でも怒るだろう。

手を貸す奴なんていないよ。ヤンキーでも。

いや、ヤンキーなら尚更、そういう筋道の立たない事には手を貸さない。

この話が広まったら、困るのは荒川の方だよ。

学校からも、ヤンキーの中にも居られなくなるんじゃないか」



「それもそうだな。まぁ、運がいいのか悪いのか…」

「でも多分、あいつも美樹に惚れてたんじゃないのかな?」

「どうもそんな気がするな。だから言ったじゃないか。気を引き締めろって。

片瀬の人気、やっと理解した?」

「……うん。…骨身に染みて」

「大変だぞ? 大丈夫か? やっていく自信あるのか?」

「むしろ、より強固に。…何が何でも守ってみせる。必ず」迷う事のない決意を言葉にして表した。

「…ひー君かっこいい?!」

「首絞めるぞ…」秋田は大袈裟に逃げた。



「とりあえず、教室で待ってろ、消毒液とか持ってくるから。お前は着替えてな」

「いやいいって、自分で行くよ、保健室くらい」

「おバカさ?ん。唇腫らして「ケンカしちゃいました先生?」って、入ってくのか?」

「あ…。…で、でも、どうやって?」

「俺はこの学校に知らない事はない。薬のありかも、棚の鍵の隠し場所も知ってる」

「……凄い。でも勝手に持ち出しちゃ…」

「すぐに、ちゃんと元に戻す。まぁ、上手くやるから任せとけって」

そう言って秋田は保健室に向かって行った。

俺はその後ろ姿を見送り、頼もしい背中を見て思った。



―――どこまでも友達思いで頼りになる、気の利く優しい奴だ。

普段の発言の90%は下らない事ばかり言っているが、こちらが彼の真実の姿だと俺は知っている。

俺は憎まれ口ばかり叩いているが、一度として彼を疑った事はない。今も。

思わず、胸の奥が暖かくなった。目が潤んでくる。

俺は多分、学校で一番幸せだった。頼りになる友達と、優しくて可愛い彼女に恵まれていた。

ベクトルは違っても、秋田と美樹は共に学校の人気者だった。











放課後、あの後はどうにか平穏な学園生活に戻った。

腫れた唇について人に聞かれたが、秋田と激しくじゃれ合ってたらこうなった、と言ったら皆笑った。

俺達はしょっちゅう二人で悪ふざけをしていたから、皆は妙に納得していた。



授業が終わり、美樹の部活が終わるのを待つつもりで図書室に向かう。が、その途中。

「…尚くん!」美樹に後ろから声を掛けられた。

「あれ? 美樹ー。部活行かないの?」

「ちょ、ちょっと来て?」そう言って俺の手を引く。何が何だかわからないが従った。

そう言って、俺達は校舎の人気のない教室に入る。

「で、美樹、部活は…?」

「休んだの。具合悪いからって。それよりも…。…ああ! 本当に怪我してる!?」

「え? ちょ、おい…」美樹は俺の顔を覗き込んで泣きそうな顔で叫んだ。

「ケンカしたのね? そうなのね? 私の事で…」

「秋田…か?」他に知る物はいない。

「……うん、さっき聞いた…」

「あのバカ本当に…」

「バカじゃないよ!」

「え?」

「何でケンカなんかするの? 何で私に言わないの?

私、尚くんが知らない所で傷ついてるのなんていや…!」目が潤んでいる。…いけない。

「やや、ちょ、ちょっと待って。どこまで聞いたのさ? 秋田から」

「…尚くんが、…私の事を馬鹿にされて、侮辱されて、それで怒ってケンカになったって…」

「それだけ? そこまで?」

「うん…。 っ! まだ、あるのね!?」

「あ…いや…」しまった。彼女は鋭い。というか、俺が迂闊だった。



美樹は教室に並べてある机の椅子に座った。…言うしかないか。強い意志が大きな瞳に宿っている。

「実は…」俺は話し始めた。



「…そう、そんな事…言ったんだ…。私が、荒川…君に…」

「そんな話聞いたらもう、キレるしかないって。普通の男なら」自己弁護。

「…でも…怪我…しちゃって…」

「でも、お陰であいつを黙らせる事は出来たし、今後は二度と俺達に近づかないよ。きっと。

それはいい事じゃないか。俺達にとっては」

「…うーん…。そう、かなぁ…?」

「大体、美樹だって腹立たないの? そんなデマを俺に言われてさ。

美樹の事だって侮辱してるんだよ? あいつは」

「…ま、まぁ…言われてみれば…嫌だな…。…凄く」

「だろ? 罰せられて当然。悪い人にはお仕置きしなきゃいけないのですよ。この世の中は」

「……」黙る美樹。

「どうしたの?」

「あのね? 荒川…君でしょ? その人って…」

「そうだよ? 知ってるの?」

「うん。あの…私がこの学校に来て、最初に告白してきた人。去年に」

「ええ!? あ、あいつが?」

「……う、うん…」小さく頷く美樹。

「あの、「とりあえず付き合ってみればいいじゃん」って言った奴?

それで、断られてから三日くらいで別の女と付き合ってたっていう!?」

「そ、そう…」



「……凄い偶然…。いや、待て。…偶然じゃないか…」

「? どうして?」

「あいつはまだ美樹の事を好き…というか、あいつの好きなんて大した気持ちじゃないだろうけど、

今でも忘れてないんだよ。それと、俺を妬んでるのさ。もしかしたら、悔しいのかもしれない。

モテるはずの自分が振られたのに、俺みたいな奴が美樹と付き合ってるから。

多分、未練と嫉妬の両方だな。それで、俺にちょっかいを出してきた。ってとこだろう」

「そう…かな?」

「ああ、バカの考えそうな事だ。そんな嘘付いたってすぐにバレるのに。まったく。

信じるとでも思ったのかね。俺が打ちのめされるとでも思ったのかね」

「……本当に?」

「当たり前だろ!? …まさかと思うが、事実って事は…」

「あ、あるわけないじゃない! 違うもん…! だ、誰にも触らせて…ない…って、

も、もう…な、なんでこんな事…を」

「あ、いや、美樹が「本当に?」とか、言うからさ…」

「あ、ご、ごめん…」差し込む夕日のせいだけではなく、赤くなる俺達。



「……」

「……」何となく気恥ずかしくて、沈黙。

「…でも、ある意味、荒川も必要な存在だったか…」

「え? どうして?」

「だって、あいつのお陰…ってのも変だけど、そのせいで美樹は告白を断るようになった。

真面目な奴から真剣に告白されても断るくらい頑なに。

もし、荒川がいなかったら、美樹は好みの人の告白を受け入れていたかもしれない。

でも、荒川のせいで、俺と付き合うまでに誰も受け入れなかったからこそ、今の俺達がある…のかも…」

「あ…」

「なんか、凄いね…。人って…」俺は感慨深げに呟く。

「うん。…なんだか、不思議な感じ。縁って…」

「まぁ、俺達にとっては全ての縁が良い方向に作用されたって事だよ。

俺達はきっと、結ばれるべくして結ばれた、運命の二人ってやつだ。運命の恋なんだよ」

最後は冗談ぽくおどけたつもりだったが、美樹は照れも、笑いもしなかった。

外したかな? 俺は美樹の顔を見た。







「……運…命…」何だか難しい顔をして考え込んでいる。

「み、美樹?」俺は美樹の肩を軽く揺らす。

「…うん。運命…。そうよ! うん、運命だったの! 私達は…!」

「……み、き?」美樹は興奮気味に言う。ヒートしている。



「…そう。そうよ、私がこの学校に来たのも、荒川君に告白されたのも、

彼がいい加減な人だったのも、その後の告白を全部断ったのも、

尚くんが体操部を覗いていたのを私が見つけたのも、それを私が逃がしたのも、

その後友達になって交換日記をして告白されたけど、

断っちゃってでもマラソン大会で頑張って倒れちゃったけど、

もう一度告白してもらって付き合う事になって、

今日尚くんがケンカしちゃったけどそれがあの荒川君だった…。

その荒川君のせいで、私達は付き合えたとも言える…」



「…うん。凄い! こんな偶然ないもの…! 奇跡よ! きっと私達は決まってたの!

出会う事と、好きになる事と、付き合う事が! ねぇ、そう思うでしょ? 尚くん!」

「……へ?」立ち上がって熱弁を振るう彼女の迫力に圧倒されるばかりで。

「思うでしょ!?」間近に迫った美樹の上気した顔。

「は、はい…」とりあえず勢いに飲まれ頷いておく。

「やっぱり、運命の人だった…!」そう言って美樹は笑顔で俺に抱きついた。

「ちょ、おい…」戸惑ったが、悪い気はしかなった。柔らかい身体の感触と、いい匂いがした。



「…あ」

「? どうしたの?」美樹は俺を見詰めて尋ねる。

「いや…荒川の言ってた事、一個だけ当たってた…」

「なに?」

「…あいつ、美樹の胸は…大きいって…」

「……」美樹の頬に朱が差す。俯いてしまう。

「あ、ご、ごめ…」俺は慌てて謝ろうとした。けれど。

「…胸…やっぱり大きいかなぁ…?」美樹はそう言って自分の胸に手を当てる。

「え……」



「…やっぱり荒川君も大きいと思ったんだ。…尚くん…も」

「あ…いや…その…」

「体操部でも、大きいって…。クラスの女の子にも大きいって…、羨ましがられた…」

「あー、そ、そうなのか…」

「普段は邪魔…なんだけどな…。肩も凝るし、体操してる時も邪魔だし…。

胸が動かないようにきつくするのも苦しい…のに…」

「あ、ごめん。そんなつもりじゃ…」

「…ううん。いいの。身体の事は仕方ないもの。望んでこうなったわけでもないし。

でもね? みんな、特に女の子は羨ましいって言うの。大きい方が男の子に喜ばれるって…。

それで…尚くんも、…胸が大きい子の方がいい?」

そもそも、俺達はなんでこんな会話をしているんだろう。俺は話の展開に取り残され気味だった。







「……え、あ、いや、俺は…」

「正直に言って? お願い。嘘付かないで…」哀願するように美樹。裏切れるはずもなかったから、

「お、大きい方が…好きだ…」ありのままを答えた。

「…ほ、本当に…?」美樹は少し嬉しそうに。

「ああ、本当だ。大きい方が…好みだ。それが全てって訳じゃないけど…」

「そうなんだ…良かった…。胸の大きい子が嫌いだったらどうしようかと思った…」

「そんな事で嫌いになったりしないよ」俺は宥める様に笑って言う。ちょっと調子に乗り始めた。

「でさ、美樹はバスト何cmなの?」

「え…ええ? い、言えないよ、そんな事…」

「美樹のことは何でも知りたいんだよ。それに、隠し事はなしなんだろう?」

「で、で、でも…」オロオロしている。もう一押しかもしれない。



「嘘付かないでね? こんな事は美樹にしか聞かないし、聞けない。…で、何cmなの?」

完全なセクハラだったけれど、知りたいという知的性的探究心には勝てなかった。

「はちじゅう…な…な…せん…ち…」蚊の鳴くような声とはこういう声の事なのだろうか。

「87cmか。カップは?」

「ええ? カ、カップも…?」

「正直に。数字なんかよりも、カップ数の方が遙かに大事なんだ」何故か俺は必死だった。

「ひ、尚くんがエッチになってるぅ……」少し怯えている。俺の目は血走っていたかもしれない。

「教えてくれたらこの話はもうしないから。…さあ」

「…うぅ…。…ぃ…かっぷ…」

「え? ディー?」



「Eカップ!」堪え切れないように言い切った。

「Eか…。凄いな…。あ、もしかして、まだ成長中とか?」

「え? な、何で解かるの?」

「やっぱり。いや、高校生くらいの間は女の子の身体も成長するからね。当然胸も。

それでもしや、と思ったのさ。そうかぁ?、成長中かぁ…。将来性も充分だな…。今でも充分大きいけど。

もしかしたらFに届くかもしれない。…でもFまで行くと大きすぎて形が崩れるか…?

…大きさと美しさのバランスから考えると、現状がベストかな…」一人、理想の胸について語る。

「…な、なんでそんなに詳しいの…?」美樹が恥ずかしそうに聞く。

「今まで黙っていたが…女性の胸には結構熱い男なんだ。俺は」言い切ってしまうともう恥ずかしくなった。

「し、知らなかった…」

「まぁ、あんまりおおっぴらに言う事じゃないしね。言い訳っぽいけど、大体、男は胸が好きなんだよ」

「じゃあ、私の胸も?」

「ああ、俺は…好きだ。美樹の大きい胸が。大きくてよかった。小さくなくて」

先程までの羞恥はどこかに置いて来てしまった俺だった。



「えへへ…。ちょっと嬉しい…かも…。

でも尚くん、そんなに沢山女の子の胸を触ってたの?」

「ば、ばか言うんじゃないよ。ないよ、触った事なんて」慌てて答える。

「ホント? だって、すごく熱っぽく語ってたから。胸の事」

「いや、それは理想というか希望と言うか。現実はさっぱりだよ。

それに、知ってるじゃないか美樹は。俺が誰とも付き合った事がないのを。そんなモテないって」

「あ、そうか…」とりあえずは納得してもらえたようだ。俺は自分を諌めた。

若さに任せ、調子に乗ってしまった。幻滅されていないか心配だった。

「へ、変な話になっちゃったね…」俺は取り繕うように言う。



「今日は尚くんの色んな新しい事が知れて良かった。…思ってたよりもエッチだったし」

悪戯っぽく、はにかむ美樹。

「そ、それは…もういいって…」頭を掻いて照れ隠しをする。



「…でも、もうケンカなんてしないでね?」

「うん。ごめん、もうしない。約束するよ」

「でも、ちょっと嬉しかったかな…? こんな事言っちゃダメだけど。

初めて本気で怒って、初めてケンカをしちゃったんでしょ?」

「…うん…」

「そんなに、怒ってくれるんだね。そんなに…大事に想ってくれるんだね。私の事。

ちょっと…嬉しい」声は徐々に小さくなるが、ちゃんと聞こえた。最後まで。

「美樹…」

気付けば俺達は身を寄せ合っていた。どちらからともなく。



誰にも邪魔させない。何者も遮る事は出来ない。

俺達は絶対に離れる事はない。美樹を抱きしめながら、俺は強く心の中で誓った。


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