俺がまあそこそこの熱意を持って柔の道を歩んでいたころの話。
その日は地域交流もかねた近隣校柔道部の練習試合で、
夏の総体連(本戦)がまじかに迫る七月のクソ暑い空気の中、
百数人分の漢臭が充満する町内道場で俺はヒィヒィ言わされていた。
変な意味ではない。
凄まじい練習メニューを強いられた上での、各校のクラブ顧問達との試合形式。
それはもう、練習と言うよりイジメに近い。
「イィーッポン♪」
こんな軽?い調子でバシバシ畳みに叩きつけられ続けて早十数回目。
「……ちょ……先生……も、マジ……カンベンして、下さい」
「そやな。ワシも疲れてきたし、五分ちょい休憩な」
―――クソジジイ。汗一つかいてないやろが。

しかし、やっと訪れたクーリングタイムにホットホットしていては本末転倒なので、
俺は水道水を貪るべく水飲み場へと向おうとした。
そこで

「タケせんぱいファイトー!」
……はあ、またかと。
そのハイトーンな声に、俺はウンザリした。
その場で方向転換。12時方向の水飲み場から、6時方向の道場内へ。
まあ引き返しただけなのだが。
んで、進みにくい事この上ない男達の密林を、平謝りしつつなんとか押し分けて進み、その最奥、3年生の練習場までたどり着いた。
そこに、例によって例のごとく、
「お前、また来てたんか」
「ファイトー……って、タツやん。元気?」

がいた。
「見て分からんか」
「ボロボロやなー」
俺には一つ違いのがいる。目の前のちっさいのがそうだ。
学校入学の時点で、既に身長差は逆転していたような気がする。
高校時代の俺は170ちょいの平凡な体格だったから、
柔道部の中では概ね見下ろされる立場だった。
そんな俺の、鳩尾の下ぐらいにやっと頭が来る低身長(分かりづらくてスマソ)
その当時はショートにしていた黒髪
夏の学生服
手にはなにやら、スポドリの冷却ボトルとタオルが握られている。
「毎回毎回ご苦労さん。じゃ、ありがたくいただき」
「アカン!これタケ先輩のんやから!」
こちらの伸ばした手が触れる前に、はその燃焼系なアミノドリンクを抱え込んでしまった。
「……冗談やっての」
そのあまりに過敏な反応に、俺は少々の呆れを覚えつつ言う。
「で、先輩の活躍を見やんでええんか?」
「あ」

が視線を戻すと同時に、場内が沸き返った(は一切関係ない)
見ると、一つの試合が終わったようだった。
3年生の練習メニューは、俺たち1年坊のガムシャラな体力強化メニューでなく、
先に控える総体連へ向けての、実践的な試合形式オンリーである。
そして、今行われているメニューは勝ち抜き。
文字通り、勝った者はそのまま残り、休憩なしで次の相手と戦い続けるという、
ある意味強者のための特訓だと言える内容だった。
試合場を囲む赤畳の内に居る人物は三人。
高々と手を掲げ、一本の形を作っている審判員。
仰向けで倒れている、なんかドでかい男。
そして、目を閉じ息を整えている、我らが主将。
「―――竹先輩」
正直、見惚れた。

「おいキサン(貴様)!はよ立って礼して出ていかんかい!」
いかにも柔道部顧問なおっさんが声を張り上げると、
それまで悔しげに天井を睨んでいた男が
もうスンゴイふてぶてしい態度で立ち上がり、
審判の『互いに礼!』の声も無視して去っていってしまった。
「なんあれー、むっちゃ感じ悪ぅ」
唇を尖らせて毒づく。現代っ子の幼稚な思考力だ。
「柔道は礼に始まり礼に終わる。現実はこんなもんやけどな」
そして、自身それほど礼智仁を守っている訳でもないくせに、したり顔で説明する俺。
竹先輩はというと、対戦相手が居なくなったのにも関わらず、
教科書通りの完璧な礼の姿勢をとっている。
誠実なその姿が、ひたすらカッコよすぎた。

「あー……、何故にあんな御人が、こんなチビと付き合ってんのやろ」
身長的にも人格的にも、あまりに釣合っていない二人の交際を知ったとき、
まあそれなりに衝撃を受けたものだ。
「怒るでタッちゃん。ちゅうか邪魔!もうどっか行き」
「言われんでも、これからまだまだ地獄行きやさかい」
そう言って、俺は重大な事を思い出した。
現在休憩期間中。しかし無期限ではない。―――確か五分。
「……やばい。五分越えどころか、既に十分に到達してるやないか……?」
「アホタツ」

こんなくだらないやりとりをする関係。
世間的には良好に見えただろう。
そして俺自身、いい弟だと(恥ずかしながら)思っていた。

「ええかーお前らぁ!残り二週間、コレの意味が分かるか……ハイ竜やん!」
「は?え、俺っすか?」
総体連まで二週間に迫ったある日、練習終了後のミーティング中、
唐突に顧問の松本(愛称はひげ松。蔑称はハゲ松)が
こちらに白羽の矢を付き立てた。
「えー……」
1年から3年までの部員一同が、生暖かい目で俺を見守っている。
今にも吹き出しそうな奴(主に同学年)もいる。
(クソ野郎共めが)
苦々しい思いを噛み潰しながら、なるたけ妥当な返答を試みた。
「……必死こいて練習すべし、とかっすか」
「おう! 練習は必死こけ! せやけどな、絶対こいたらあかんこと、
あんねんな?」
ブッとか、ひゃひゃ!とか、下卑た笑いが部員達に感染していく。

―――ああ、それが言いたかっただけかいオヤジ。

「ええかぁ!今日から二週間、絶対セ○ズリこくなよーー!!」
その瞬間、俺を除く部員全てが、心を一つにして大爆笑した。
この記憶は今でもトラウマである。
つーか女子マネいるんすけど……ってうわーむっちゃ白い目で見てるわぁ……。
「ハイ、解散!(笑」
『っしたーーー!(笑』
俺だけが礼をしなかった。

汗もいい加減引いてきたので、俺はとっとと着替えて帰宅しようと部室に入った。
部室には、同じ一年の久保田と他数名。そして、竹先輩がいる。
「お疲れさーん」
「災難やったねー」
「人柱乙」
久保田と他の連中が、物凄い嬉しそうな顔で近づいてきやがった。
「あーもうお前らマジうざいって」
「竜やんってあのテのおふざけ嫌いやもんな」
「根本的にチェリーなんスよ」
「ってか、セン○リの意味すら知らんのとちゃう?」
「お前ら……」
凄んでみてもまったく動じない馬鹿共はもう放っておこうと決め、
そそくさと道着の下を脱ごうとしたとき、

「けどな、先生の言う通りやで」
それまでの沈黙を破り、黙々とジャージのカタログに目を通していた竹先輩が、
目線はそのままにポツリと呟いた。
「精力は溜めとくべきや。ここぞってときに腑抜けてたら、思うように体動かへん」
逆に、こちらが沈黙してしまうほどまじめな口調で、先輩は続ける。
「それに、なんか一つでも禁止しとけば、自ず練習にも身ぃ入るようになるしな」
『…………お、押忍』
揃って両腕を交差させる俺たちだった。

道場を出ると、茜色と群青の入り混じった夕空が広がっていた。
続けて久保田も飛び出してくる。
「おっしゃ、今日から手淫封印すっぞーっ!」
「声でかい黙れ」
つーか女子バスケ部の方々がちょうど目の前を通ってるんすけど……ってうわー(ry
「お前はほんまにアホやな」
「あ? 別に気にせんし」
「俺が迷惑するんや」
「でぇじょうぶよ竜やん。どうせ今の女共も、
きたるべき総体に向けてオナ禁強いられてるんやって。察しちゃれや」
「お前はデフォルトが発情犬か!」
その言葉に、にやけ面全開で久保田が言う。
「カノジョがそうさせるんや。一昨日かてなー」
「わーったからもう黙れ。頼むから」
エロス苦手な君のことやから、オナ禁もさぞかし楽なんやろな。うらやまし!」
いや、性欲処理ぐらいは人並みにやってるけど。
とは当然口に出さない。俺のキャラが崩壊する。と、

「あ、そうやん!竜やん実は、オナ禁無理なんとちゃうか?」
わざとらしい口調で久保田が言った。
「……なんで」
ある程度予測はついたが、一応聞いておく。
「なんでってそりゃあ……あのちっちゃ可愛いさんが―――」
「死ね」
割と本気で腹を殴る。ゲホッと咽る久保田を置いて、俺は駐輪場へと歩き出した。
その途中、あの馬鹿馬鹿しい顧問の命令と、
説得力に満ちた竹先輩の助言を反芻し、独りごちる。
「総体まで、二週間……」
二週間、自慰禁止。
「結構、キツくないすか……?」
俺はため息をついた。

予想通り、それはまさしく試練だった。
一日目はまあOK。
二日目。凶暴な衝動が半身に集中し始める。
三日目。朝立ちが何時に無く激しい気がする。
四日目。授業中にも関わらず、息子直立(これにはほんとまいった)
そして、五日目。

「おれ? とっくにヌいてもらったけど。彼女に」
「全兵士に告ぐ。久保田を殺れ」
『サー・イェッサー』
私刑。
「はあっ!?手淫すんなっつっただけやろ!? なんで彼女のフェ亜qwせrftgyふじこlp;@「:」
しかし久保田に限らず、既に自らの手で処理してしまった裏切り者も数人居るようだった。
俺はなんとか、この衝動を押さえつけることに成功している。辛うじて。
(だいたい、とか関係なくこの世には誘惑が多すぎるんや。
いやむしろ、あいつは絶対にそういう対象として見れん)
もしリアルに、自分の実に性衝動を感じている輩がいたら、聞いてほしい。

―――それは従だ。間違いない。

まあ、そんなこんなで練習開始。
……む?
(確かに、力が湧き上がってくる……か?)
底力、とでも言うような。
通常ならへばっている筈の、立ち技連続15本の後もスタミナはギンギンだ。
変な意味でなく。
そんな俺の元へ、
「調子は?」
主将、竹先輩が近づいてきた。

「……正直、キツイっす」
「まあ、そりゃあな。偉そうに語っといてあれやけど、俺もしんどい」
先輩も一人の男――
この衝動に耐えるのは大変だろう。
「ユウが、な」
「え?」
いきなりの名前が出てきた事に、少なからず動揺する。
数秒の間を置いて、先輩の言葉の意味に気づいた。
「あ、あー……。はいはいそういうコトっすか」
「お前にこういうこと言うんもなんやけどな……」
「いや、いっすよ。ええもう、あのチビが迷惑かけてるみたいで」
「まあ、普段通りに接してきてくれてるだけなんやけど、
それが今の状況やと、な」
「確かに、そりゃあしんどいっすわ」
「うん。しんどい」
始めてみる先輩の苦笑。
まあそりゃあ、付き合ってたら毎日がエロイベントの宝庫なんだろうし。

久保田は我慢せず(断言)彼女に抜いてもらった。
先輩は必死に抗っている。空気の読めないの誘惑に。
(あのアホ……チビのくせに)
憤りと同時に、あの低身長にもいっぱしの女らしさがあったのか、
と小さな衝撃を受ける俺。
「そんで、昨日ユウにな、ちっと厳しく言い過ぎたんよ。
そしたら今日、あいつ学校来てへんから―――」
「マジすか」
朝練関係で、俺の朝は早い。
飯食って家出るころは、まだはベッドの中だ。
故に、あいつが休んだりしても気付かない。
「そういうわけで、タツ。悪いんやけど……」
「不出来なでホントすんません」
本心から謝罪を述べた。

帰宅。PM10:00
とりあえずシャワー浴びる……前に、の部屋へと直行した。
ドアには、小学校の図工で作ったと思われる、
『ねてます。おこさないでね』と書かれた木製のプレートがかかっている。
「ねてます。だからどうした」
俺は躊躇無く開け放った。
電気はついていない。
本当に寝ているのだろうか。
だが関係ない。
やはり躊躇無く、俺は室内灯のスイッチを押す。
白く2、3回閃いた後、ライトが完全に室内を照らし出した。
そこにあったもの。
「げ」
その光景に、俺は一瞬愕然とした。
空き缶。
ジュースのそれではない。
無数のアルコール飲料の空き缶。
それが大量に、カーペット張りの床にほり捨てられている。
数にして、5、7、8……
「ってお前!何しょんねん!」
その、投棄された空き缶たちの中央に、が居座っていた。
小さい手には、やはりチューハイの缶。
それを口元に運ぼうとした体勢で固まっている。
瞳はこちらを向いていた。
抑揚の無い沈んだ声が部屋に響く。
「タツ……なんね、ノックもせんと。ビックリするやん」
俺は―――
「……お前な、ちょっとええか?」
ズカズカとの部屋に入っていく。
空き缶が足場を狭めているが気にしない。踏み潰しながら進む。
そして、の目の前まで移動した後、その場にしゃがみこみ、目線を同じ高さにした。
「な、なんよぉ」
「…………」
目を合わせる。の目が逃げる。
その瞬間。
「アホ」
「いたっ」
デコにピンしてやった。

「ほんまによー、その程度の事で休むなや」
「だって……」
PM10:10
説教開始。
「ええか、ただでさえ竹先輩は部の長なんや。試合前はどことなくピリピリしよる部全体を、自分もピリピリしよるにも関わらずまとめてるような人や。
むっちゃ大変やと思わんか?」
「……思うよ、そりゃあ。でも……」
「でもももあらへん。つまりやな、あの先輩ですら、イライラはあるってことよ」
「せやかて、あんな言い方ないと思う!」
「どんな言い方?」
「『もう、やめてくれ……』て、も・むっちゃ疲れた顔して言いよるんよ!
心底迷惑?!って感じで」
「…………」
俺は、その『もう、やめてくれ……』に込められた凄まじい徒労を感じ取った。
自然、腕は『押忍』を形作っている。
「? なんしよんの?」
「いや」
というか
(強く言い過ぎたって、先輩。あれで強すぎるんすか……)
二人の力関係が分かってしまった事に『なんか嫌や』と俺は思った。と、
「なんで……なんでやの? あたしはただ、先輩の彼女として」
「……おい?」
彼女として、その……あれ」
「?」
「フェ、フェラしてあげようと思っただけ、やのに」
「!!!」

思いがけないの発言に、瞬間的に体温が上昇する。
顔の紅潮を痛いほど自覚しながら、俺は慎重に言葉を発した。
「お前は、なんで、そういうことを(弟の前で)臆面無く言うんや……!」
「臆面あるよはずかしよ! ……多分、ちゃん酔ってるんやと思う」
転がる空き缶。
着崩れた制服学校サボったくせに何故か着ている)。
上気した頬。
焦点の揺れる眼差し。
後は、そう
「酒くさぁ」
「うるしゃい」
若干ろれつも回らないようだ。
「つーかお前、コレ全部一人で?」
部屋全体を見回しながら聞く。
「ローソンで購入しました。へへ」
「こいつは……」
呆れもピークに達したその時、不意にが、こちらにススィと寄ってきた。

「! な、なんや。って酒臭いねん!」
「勘弁してーな、ちょっとの我慢や。……タツ、聞きたい事あんねんけど」
あれ、何故に俺の心拍数は上がっているのだろう。
「タケ先輩に、なんか……あった?」
体育座りで俺に寄り添う、チビ
答えを求める眼差しで、こちらを見上てきた、その姿。
(な、なんか)
まずい、と思った。よく分からんが
「まずい」
「え?」
「あ、いや」
「マズイて何?」
「こ、こっちのこと」
「え、え?何なん? ゆってよ。こっち?」
(くわーーーこっち来んなーーー)
まずい、と感じた理由。
今ではもうハッキリと分かる。
イメージ的には『総員、第一種戦闘配置』『了解。主砲展開』みたいな。
(な、なんでや。なんでこんな奴に……)
これが、五日間の封印からくるバックドラフト!?
「先輩のことと関係あんの?」
「いや関係ないわけでは無いっつーか接点はあるって言うか」
「はっきり、しぃ!」
かつて無い追撃を、が放つ。というか必死だった。
そしてついに、服を強引に引っ張られた拍子に
「あ」
それまで股の間に隠していたモノが、あらわになった。なってしまった。
「……あ」
の呟きが聞こえた。

PM10:23
気まずい沈黙が支配する空間。
乱雑な散らかりっぷりの室内で、俺とは(何故か)向かい合っていた。
と、とりあえず釈明開始!
「あ、あのな?」
「え、えーと」
―――見事にシンクロすっよ
「…………なに」
そうするべきだろうと、俺はに促した。
「え、えとな? その、―――実のに欲情するんは、ちゃんどうかと……」
「ちゃうわ!」
そして、全力で否定する。
「ちゃうって、でもタツ、それ……」
「ああ分かっとる分かっとるわそう思われてもしゃーないわなコレじゃあ!」
屹立する我が半身は、にその姿を拝まれてもなお股間にそびえている。
素で晒しているわけではない(誰が晒すか)
しかし、学生ズボンの黒地を突き破らんという勢いは、まざまざと見て取れる。
逆にそれは、素チンを晒すよりも赤面モノな光景だった。
(せやかてしゃーないやろ……こいつかて一応、女……なんやし)
全生物♂の本能。
(こいつにゃ……永久に抗えんッ!)

なんかもう訳が分からない。
に勃起してるところを見られ、
しかもその原因が自分だと、に気づかれてしまった。
「は、ハズい」
何とかそれだけを口にする。
ちゃんかてハズいし……」
赤面してしまう
「…………ごめん」
率直に謝りながらも、一応の理由がこちらにはある。
それでなんとか弁明しようとする。
「その、大会前、やんか? 今」
「う、うん」
「だから、つまり、……精力を貯めとかな、アカンねん」
ぐっは恥ずかしっ!
「せーりょく……?」
そしてよ。そこで首を傾げるのは非常にイケナイ。
「せいって青い米の?」
―――反則だろう。

「う……そうや」
「ふーん……」
「…………」
ど、どうでしょう? ダメ?
「そっか。安心したわ」
「ハ?」
不意打ちのの笑みに、間抜けた声を上げる。
「な、何で?」
「だから、先輩もそういうことなんやろ?」
「あ、ああ。そう、そういうことなんや」
「良かった?。あたしもう捨てられたんかと……」
「せ、先輩はそんな人とちゃうやろ!」
「わかっちゃうて。けどなぁ、ホンマにショックやったんやで?」
「……む」
恋人に拒絶される気分ってのは、イナイ歴=年齢の俺には曖昧にしか分からない。
そのことが
「あーそうかよごちそうさん。んじゃもう行くわ」
無性に俺を苛立たせた。
その場で立ち上がり、ドアへと進もうとする。が
「あ! ちょ、ちょっと待ちぃな」
その腕を、が突然掴んできた。
細くひんやりした両腕が、俺の無骨な左腕に絡んでくる。
(う―――)
それだけで、俺と俺の半身は直立不動で麻痺してしまうのだった。
「な、なんや。もう問題は解決したやろ。ええか、これ以上先輩に迷惑かけんためにも、明日は朝一でガッコ行けよ―――」
「あたしはそれでええよ。ん、あたしの問題はこれでお終い。
……けど、タツのんはまだ、やろ?」
そう言って、はチラリと視線を下げる。
ビクリ、と俺の体が痙攣した。
(ま、まさか)
「しんどいんとちゃう? それ……」
(しんどいよ ってそれは)
「なんだかんだ言っても、ちゃんが原因やし……」
(お前は何を言ってるんだ)
「その……タツさえよければ、あたし」
(いや待て!?)
そこで、はたと気がつく。
「お前……やっぱ酔っ払っとるやろ」
「そうやなぁ。あたし……今ちょっとおかしいねん」
「十分承知。とりあえず水飲んで来い!」
「いや」
「……はい?」
意味不明なの言動に困惑する俺。
「タツも……して、欲しんやろ?」
「なっ」
(あかん。こいつ、なんかスイッチ入りよる)
鼓動が痛い。
顔が熱い。
下半身など言うまでもない。
トン、と俺の胸に、伸ばしたの手が触れた。
「お、おいおいおい!(汗」
「静かにしい。下におちゃんらいてるんやで」
(ならこの行為を止めろ!)
とは、何故か言えなかった。
どころか
が手に力を込める。
「あ?」
ただそれだけで、俺は背後のベッドまで倒れてしまった。
(マジで……体麻痺しよる)
前代未聞の出来事に、神経の大半がイカレてしまったのだろうか。
「言う割りには抵抗せんやん」
と、悪戯っぽい微笑を見せる
(嘘やろ……)
そんな馬鹿な。これではまるで
エロ本の世界やないか)

は容赦ない。
倒れこんだ俺の上に覆いかぶさるように乗っかってきた。
小柄な体格通り、重量はほとんど感じない。
しかし、やはり人が乗っているという感覚は十分あるわけで。
しかも、女。
しかも、
(うわぁぁ)
狼狽する俺をよそに、こともあろうには、己の身体を、ピタリと密着させてきた。
(ぐわわわ!)
当然、とある部分が当たる訳である。
身長はあれだが、こっちはまあそれなりに発育してるようだ安心安心、とか思っていた部分。
「ちょっ、ちょマズイやろ。マジ」
「ん?? やらかいか? ちゃんのおっぱい
完全に発情猫と化している。
「んふ。うれしいな? 弟にそう言ってもらえると」
「何も言ってへんやろ……ってオイッ!」
何を思ったのか、は俺のカッターシャツをごそごそし始めた。
どうやら、ボタンを外しているらしい。
「こうしたほうが、よー感触分かる」
「!!」
全てのボタンが外れ、その下の地肌が現れる(部活後は暑いから何も着ないようにしていた)
「ふぅ。でわでわ」
そして、
注意するまもなく、が、自分の制服に手をやった。
(ま、まじ)
劣情を煽る衣擦れの音。
生唾すら飲み込んで、俺はその音を聞いていた。
音が鳴るたび、少しずつ裸体に近づいていくその姿を、半ば夢のような心地で見る。
それほどの時を待たず、目の前には、下着姿となったがいた。
(……白)
しばらく俺の脳は、その単語以外の進入を拒んだ。
「ほい」
そして妙な掛け声と共に、が再度身体を密着させてくる。
しかしその感触は、確かに先ほどとは比べ物にならなかった。
(うわっ……やらかいやらかいやらかいやら)
ひたすらフニフニするそれが、可及的速やかに理性の崩壊を促していく。しかも
「……っん……!」
、なんか喘いでるんすけど。

「わぁぁぁぁあっ!!」
「ひゃ」
(愛と正気を取り戻せ!)
最後の踏ん張りで、俺は叫び、身体を起こした。
その拍子に、乗っていたがしがみついてくる。
「あ、あぶないなーもう。それに、静かにしってゆーたやろ」
「やかまし!これ以上はほんま怒るで、俺―――」
「ブラも外そか?」
「いやいい!そのままでいい!!……あれ?」
耳元で、クスリ、という笑い声が聞こえる。
「もう、観念しい」
囁くような言葉と共に、生暖かい吐息が鼓膜を振るわせた。
(ああ、もう)
無理だな、と。
「ほれ、続き続き」
また覆いかぶさる体勢に戻される。
半ば諦め口調で、俺は言う。
「……ええんかよ、こんなこと」
「ええんよ」
の言葉が、脳髄に深々と突き刺さった。

初めはただ押し当てるだけだったのが、今では擦り付けるようにして
感触を与えてくる。
知らず、俺の呼吸は乱れ始めていた。
そしても。
「お前も」
「ん?」
「気持ち、ええんか」
「うん。ええよ」
―――うわ
ふっと浅く息を吐きながら、身をすり寄せてくる
思えば、ここまで間近に迫る事は今までなかった。
まじまじと顔を覗き込む。
はこちらの視線に気づかず、目を閉じて身体を動かしている。
ときより、強く目を閉じるタイミングがあった。
「ん……うぅん!」
その何かに耐えるように歪められた眉が、より一層俺の興奮を高めていく。
(……こいつ、可愛い
自分より遥かに小さいその姿は、今では一人の女の子として俺の目に映っている。
女の子が、自分の性欲を処理しようとしてくれている。
最早血の繋がりがどうとか、実に性衝動はもたないとか言っていたことは棚に上げて
「な、なあ。そろそろ……」
俺は、この行為を深く味わっていた。
「そろそろ、何?」
「う、その、ぬ、抜いてほしんやけど。正直、限界」
これ以上の赤面があるかと言うぐらい、そのときの俺は発熱していた。
「んふふ、りょ?かい。でも……」
はもう何度目かの悪戯な微笑で言った。
「まずは、素直になったタツにご褒美あげる」
「え―――うわっ」
こちらが危惧した直後、ははだけた俺の胸元へ顔をうずめた。そして

ペロ。
(な、舐め!?)
ぬめりの塊のような物体が、肌を滑っていく。
それは紛れも無く、の舌だった。
寒気と鳥肌が広がる。
(ホンマもんの発情メス猫かよ……! つーか)
「俺シャワー浴びてないって!」
「大丈夫。スポーツやってる人の汗は、サラサラして清潔やって先生言ってたし」
そう。逆にやっていない人間の汗は皮脂の塊のようなもので、
ただ日常生活を送っているだけでニキビや油顔の原因となってしまう――
「って違う! 汗は汗や、舐めたら汚いやろ!」
「全然。逆に興奮するー」
「お前……変態か!」
「弟の汗やん。汚くないって」
説得は不可能だった。
次第に、ぬめりが下腹部へと進んでいく。
の身体が沈み、俺の半身に触れた。
「くっ……」
「準備万端って感じやね」
カチャリ、とベルトの留め金が外される。
ひときわ大きく、心臓が鼓動を打ち鳴らした。
(い、いよいか)
自分で脱ぐべきかと考えたが、ここまできたら、に全て任せようという
結論に至った。
―――というか、早く抜いてくれぇ。
「……フェラで、ええんよな?」
「そ、そりゃあもう。うん」
(一度は味わってみたいし。その……口の中の感触ってやつを)
その言葉に
「よーし。じゃあおちゃんにまかせとき」
と請け負ってから、はトランクスごと一気にズボンを引き下ろした。

外気に触れたソレはむくむくと直立の兆しを見せたかと思えば、
数秒で完全体へと進化した。
先端は当然、既に湿り気を帯びている。
「わぁ……」
(うわ。見られとる)
内心冷や汗もので、それでも、なるたけ平常を装って言う。
「なんか、おかしいか?」
血液が顔面と陰部という両極端に集中するのを自覚し、俺は荒い息を殺して
の感想を待った。
「タッちゃん、これ」
「おう」
「おっきい……ね」
「おう。  え」
…………いたって平凡だと思うのだが。が、
他の奴のを見たことも無かったので(勃起時以外なら腐るほどあるが)
率直に聞き返しておく。
「でかいんか? コレ」
「う、うん―――凄い……」
目をまん丸にしたの口から、予想外の言葉が漏れる。
「せんぱいの、より」
衝撃が走った。
(ま・じ・か)
今日一番の衝撃。まさか、そんな現実があっていいのか。
ただ、イチモツのサイズが勝っただけ。
それ以外では、顔も、身長も、精神も、当然柔道における実力も、
全てにおいて劣っているはずの俺が、
今現在、あの竹先輩に対し抱いているこの感情。
それは紛れも無く、♂としての優越感!
ちゃん!」
「へ……? ひゃ!」
勢いよくの身体を抱え上げる。
軽い。柔らかい。日ごろ担ぎ上げている男共とは圧倒的に違う。
そのままどさっと、ベッドに放り出す。
「痛っ――な、なんよ。いきなり乱暴……」
「ごめん」
限界は、既に訪れていたのだ。
「俺、もう無理やわ」

まとわりつくシャツとズボンとトランクスを脱ぎ捨てる。
「え、そんな、タツ……?」
不安げな表情が、先ほどまでの悪戯な微笑との対比で、たまらなく嗜虐心をそそった。
所詮、無関心を装っていても男は男。
あんなことをされれば、こんなことになるのは自然の摂理なのだ。
「分かったかっ!」
「わからんよ……あっ!」
言い終わる前に、俺はの白ショーツめがけて飛び込んだ。
「あ、あかん!あかんよ! やめ――」
「濡れてんやん」
「……え?」
「ほら」
「あぅっ」
無理やり下着に突っ込んでいた右手の中指で、秘部をなぞり上げる。
その途端、強張ったの全身が震え、悩ましい吐息を吐き出した。
そして右手を、目の前まで持っていく。
―――見事に、糸を引いていた。
「あ、う……嘘ぉ……」
ちゃん、エロい」
その言葉に赤面し、目を逸らす
逃がすか、と俺は回り込んだ。
真っ赤になったの顔は、それはもう高二の女とは思えないほどの幼さで、
その小さな体型と相まって、思わず俺は、なにかよくない犯罪を犯しているような気分になった。
(やばい。俺ちょっとやばい)
その罪悪感ですら、気分の高揚に繋がっているのだから。
妙なスイッチが入ったような変貌振り。
先ほどののそれと酷似しているような――
最後の押しを、脳が命じた。

「しよ。ちゃん」
「……いやって、言ったら?」
「犯す」
「いいよって言ったら――」
「犯す、かな。やっぱ」
「……タツも、りっぱにおちゃんの弟なんやね」
それで最後。
最早そこにあるだけの白い布を取り払い、その奥。
「―――ちゃん」
の秘所に目を奪われながら
「ええな」
俺は、弟の領域を踏み越えることを告げた。
「……………………………………………………………………うん。…………犯して」
が静かに頷いた。

「―――ええかーお前らぁ!決戦は明日!コレの意味が分かるか……ハイ竜やん!」
「……死ぬ気でやれ、とかっすか」
「なんやなんや元気ないやないけ。あ、キサンさては、欲望に負けて
抜きおったな!?」
ブッとか、ひゃひゃ!とか、下卑た笑いが部員達に感染していく。
「……まあ、そんなとこっす」
その瞬間、俺を除く部員全てが、心を一つにして大爆笑した。
否、ただ一人、一心に俺を見つめている人がいる。
―――ああ、どうも。が迷惑かけました。
―――俺はもっとかけました。
―――だから、どうしたんすか。

「思えばっすね。俺、先輩とあいつのこと知ったとき、それなりにやさぐれたんすよ」
「覚えてる。中2やったっけ」
「はい。もう、アホかーって感じで」
「…………」
「あ、どうぞこれ。ひげ松の奢り」
「いや。ええ」
「燃焼系、苦手っすか」
「ぶっちゃけスポーツドリンクに差はない。ただ飲みたくないんや」
「…………」
「…………」
「…………俺、」
「やったんやろ。知っちょるって」
「……ちゃん、すか」
「いや、勘」
「勘、すか」
「そう」
「…………」
「…………」
「……じゃあ、あいつなんて言ったか分かりますか。その―――」
「イクときにか」
「はい」
「俺の名前やろ?」
「…………。……即答っすね」
「ちがうか」
「…………」
「タツ、お前に言っとくけどな、それは世間一般では認められてへん道や」
「…………」
「この先のこと考えてるんやったらな、タツ。今踏ん切りつけとかんと、
後で絶対に後悔するぞ」
「……それでも」
「おい、タツ――」

「おまえには、ちゃんやらへん」

「――――――……あんときに逆戻り、か」
先輩のその表情を、俺は忘れない。

大会当日。は会場にいなかった。
当たりまえか。
その一日は、俺とちゃんだけの時間やったんやから。

「―――と、言うのが典型的なBADエンドや」
「……ほんまにごめんな」
「ったくよー……普通言うか? なにが『イィッ!せんぱああいっ!!』やっつうの。ざけんな」
ことを終えた俺とは、同じベッドの上、裸で寄り添っていた。
(あーマジで腹立つ)
俺は最後の瞬間、が叫んだ言葉に今日一番の衝撃(さっきのを大きく引き離して)
というか、ショックを受けた。
「普通はこれ、グレてるとこやで、実際」
「……許してーな」
「もうBADルート選択しよっかなー。そしたら、ちゃんと毎日デキるし」
「あ、アホ言うたらあかん!」
「つーか、今から突入?」
「ちょ、や……」
しっとりと汗ばんだ肌に唇を這わせると、は驚いたように身をすくませた。
「た、タツ! ほんま堪忍や!」
「姦淫? おもしろいこと言うなあ」
両腕で包囲しているため、ベッドの上にの逃げ場は無い。
それを良いことに、俺は首筋や耳に舌を―――
(ってホンマに突入してどうするよ、俺)
ため息一つ、俺はベッドから起き上がった。
「タツ……?」
(踏ん切りつけろ、か。ほんまに敵わん。想像の中ですら、ああなんやからな……)
自虐的な笑みを浮かべて、俺は脱ぎ散らかした服を手早く着込んでいった。
その笑みのまま、に言う。
「じゃ、代理人は退散するわ。てか、ゴメンな。いろいろ」
「……悪いんはあたしや。実の弟に……。自分でも信じられへん」
キャラ違うて、それ」
「……違う?」
「気味悪い」
「う」
それきり黙り込んでしまったに背を向け、扉まで歩く。
ノブを回しかけて、俺は言った。
「先輩に、もう迷惑かけんなよ?」
「…………うん」
まだ声が沈んでいる。実にめんどくさい。
「……お前」
「なに?」
「生えてたんやな」
「当たり前やろ!」
即答だった。これで良し。
「おやすみ」

―――忘れよう。それが最善。

この先の事を考えるのなら。
現実に2週目はない。
BADで終われる筈がない。
全ては水に流すべきだ。

―――それでも。
シャワーを浴びる気には、ならなかった。