レイプ体験談・痴漢体験談 ~ 過激な告白

2015年09月


953名前:1[sage]投稿日:2009/01/07(水)11:46:100

数年前の話。

当時営業補佐だった私サトコは、上司の高橋に

「そろそろサトコさんにも覚えてほしい事あるしね」、と言われ外回りに同行した。

2回目の外回りの時、高橋が「忘れ物したからちょっと家に寄っていい?すぐ近くなんだ」

といい、高橋の自宅へ行った。

車で待ってるつもりが「中入って」と言われ、ノコノコと中へ。

二階へあがって行き、戻って来た高橋の手にはガムテ。

何か慣れたような仕草だったと今にして思う。

いきなり殴られ、あっという間に顔にガムテを貼られ、暴れるも男の力にはかなわず、

そこのリビングで、まっ昼間、家族写真が飾られてる所でレイプされた。続きを読む


635です。じゃあ書いてみるね。



ちなみに俺なんだが日本人とトルコのハーフ

経緯としてはオヤジ(日本人)がアメリカでうちの母親(トルコ人)と出会って結婚して。

で、日本戻って俺が産まれた。ちなみに母親の昔の写真見るとすげえ美人

俺は4歳から8歳までアメリカ行ってたんだが一回日本に戻って

又13歳の時に又仕事の関係でアメリカへって経緯。

今は日本に住んでるんだけどそんな感じなのでどちらかというとアメリカの方が長い。



俺は英語大体喋れたんだけど中学の時はオヤジの教育方針で日本人学校に通ってた。

(日本のカリキュラムで日本語で授業をやってくれる。無論日本人ばっか。)

帰国子女枠で大学入試とかできるから日本に戻るつもりってのもあったのかも。続きを読む


膝に男の手が乗せられたが、ゆかりは何の抵抗も出来なかった。



向かいに夫が座っていて、彼の隣に裕樹がいる。



「裕樹君は、算数がどうも苦手なようですね……」

接客用なのか、少し甲高い声で男が言った。



「俺の息子だからかなぁ」と夫が苦笑いをする。

裕樹もつられて、はにかむような笑みを浮かべた。



「少し厳しい言い方をしますと、やはりこのままでは難しい。

 苦手科目があるというのは、取りも直さずそれを他の科目で

 フォローしなくてはならないということです」

真面目な表情でそう言っている男の指先が、ゆかりの太股を撫でている。





全身の毛穴から発汗しているように、体が熱い。続きを読む


近所でも可愛らしく真面目で通っている裕実。

私にとってはごく普通のである。



は月に一度ボランティア活動に励んでいる。ボランティア活動といっても、不登校の少年宅を訪ね

保護者に近況を聞くといった、お茶のみの延長のような活動であるのだが・・・。



6月にはいっての日曜日、台風も過ぎ去り、もう外は 暑いぐらいの日中

家事を済ませ、不登校児宅訪問の支度をしている

平凡な毎日に ちょっと気合が入る。

月一回の家庭訪問の準備である。



この活動を始めてから、どんな少年でも深く話せば理解しあえると確信を持ち始めた

実際、何人もの少年達がの励ましで学校へ通うようになってきた。続きを読む


剛太から渡されたアドレス。リビングのパソコンからアクセスすると行き先はアダルトサイトだった。

卑猥なデザインのそのサイトに使われていたのはの画像だった。緊縛されたが微笑む画像とタイトル「未亡人マゾ奴隷調教記録」が目に飛び込む。

の顔には目線が施されている。パスワードを求める画面。ここは有料サイトなのだ。

剛太から渡されたパスワードを入力する。パスワードを開いた先のの顔にはさっきよりもかなり細い目線がつけられていた。プロフィールには父がなくなり未亡人となったことや高校生の息子がいること、そして息子と性的交渉をもったことが書いてあった。

もちろんぼくと近親相姦の事実が公開されているんだ。がぼくの股間に顔を埋めている画像もあった。ぼくの上半身は映っていないがのペニスを咥えた顔は目線を除いてまるみえだ。続きを読む

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