レイプ体験談・痴漢体験談 ~ 過激な告白

2018年05月



僕は高校二年で両親と兄と27歳の兄との5人暮らしです。
春休みのある日、
兄は出張で一月間上海に行き、両親は田舎の結婚式で一週間北海道に、
帰ってました。
お義さんは、「デパートに買い物に行くので夕方まで戻らないから、
留守番していてね」とお洒落して出かけました。
自分の部屋には鍵をかけているのですが、合鍵は以前から手に入れて、
留守の時には、お義さんの部屋に入り下着を見たりして楽しんでいました。
結婚前は、デパートの化粧品売り場に勤めていて細身の美人で憧れの人です。
透けて見えるブラやパンティラインを見るだけで立ってきてしまいます
下着類は物干場でなく部屋に干していたので男兄弟で育った僕は女性の下着に、続きを読む



あの日以来、おじさんと顔を合わすのが恥ずかしいような気まずいような感じがしてたけど、毎日、新聞を届けるので、イヤでも顔を合わせるしかありません。
でも、おじさんは『ヒロカちゃんおはよー。
今日も暑いね。
ごくろうさん』と何事もなかったかのような感じで私に接してくれました。
あの出来事は夢だったのかな…。
とさえ思えました。
あの日の次の日曜日もその次の日曜日も『ジュースあるから、今日来れたらおいで』って誘われていました。
でも、もしおじさんの部屋にまた行ったら、きっとあの日と同じことされると思うと、恥ずかしいし、怖いし…私がその行為を了承したような感じになるので『今日は家の用事があるので。
とか、友達と約束があるので』と理由をつけて断ってました。続きを読む



今から32年前の月くらいの話しです。当時私は小学6年生でした。父は自営業だったのですが、仕事がうまくいかず家計が大変でした。少しでも家計のプラスにしようと、私は暖かくなった月から新聞配達のアルバイトを始めました。当時の私はどちらかというと小柄な体型で痩せているので、自転車に200部くらいの新聞を積んで配達するのは重労働でした。毎朝4時半に起きて7時前には配達を終えて家に戻り、支度をして学校へ行く。のが日課でした。配達コースが決まっているので、どこの家に何時何分に届けるのか大体決まっています。その中で、いつも6時30分くらいに配達する、線路脇にある三角の建物(アパート)があり、そこの2階に住んでいる40歳くらいのおじさんがいました。その建物は下が倉庫みたくなっていて脇に階段があり、そこを昇っていくと襖があり、そこを開けるとワンルームの畳くらいの狭い部屋になっていて、そのおじさんはそこに一人で住んでいました。毎朝時半くらいに脇の階段を昇っていって新聞を届けていました。届けにいくとおじさんはいつも起きていて、『おー、ヒロカちゃんごくろうさんね』と声をかけてくれました。外見は具志堅用高似でいつも気さくに話しかけてくれるおじさんでした。襖を開けるとその狭い部屋全体が見渡せるのですが、正面にはその部屋にそぐわない大きなステレオがあり、奥の方には煎餅布団が敷いてありました。続きを読む



中学に入学して間もない頃、その日はどんな理由で早退したか、今となって
は覚えていません。
自転車で帰宅途中、尿意を覚え砂場と滑り台しかない小さい公園の公衆トイ
レに駆け込みました。
平日の昼間ですから人影は無かったと思います。
小便器に向かい用を足していると
「ごめんなさい、ティッシュ持っていますか」
と小便器の横に位置する個室の中から女性の声がしました。
誰も居ないと思っていたし、しかも男子トイレの個室の中から女性の声がし
たものですから、
おしっこが止まりそうなぐらいびっくりしました。
「あっはいカバンに入っているから今持ってくる。」
用を足し終え自転車に戻り、学生カバンごと持って再度トイレに入りまし続きを読む



地下鉄通勤をしていたころ、私は毎日痴漢されていた。
ただ、私も楽しんでいたから、やられていたというと語弊があるかもしれない。
結婚して3年目。25歳のころの話。
今でもオナネタになるし、書いてみる。

毎日同じ時間の電車に乗るため、早めに駅に着くのがすっかり日課になってた。
改札をとおると電車が入ってくる音が聞こえてくる、だいたいそんなタイミング。
だけどそれには乗らないでやり過ごし、最前列に並ぶのがお約束だった。
ホームに続く階段を、ヒールを響かせて降りるときから一斉に向けられる視線。
その視線から遠慮がなくなったのは、もう、かなり前になるかもしれない。
その日も足先から全身をくまなく舐め回すような視線を感じながら、それを気にしない風でホームに立った。続きを読む

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